久敬社の学生たちと写る大野右仲と考えられる人物(前列右側)=明治20年代後半

 唐津市近代図書館美術ホールで開催している特別企画展「唐津藩と明治維新―小笠原長行と長国、維新と戦った男」は、九州で初めて本格的に新選組関係の資料を展示したこともあってか、多くの新選組ファン、特に10代から20代の若者たちの来場が見られます。

 企画展では箱館新選組に入隊した唐津藩士大野右仲(おおのうちゅう)にもスポットをあてています。一時期は新選組のトップの頭取として、五稜郭政府樹立後は陸軍奉行添役として、土方歳三付きの副官として共に戦い、土方の最後の命令や亡くなった状況を『函館戦記』に記した人物で、『函館戦記』の草稿や豊岡県時代に権参事を務めていた際の政令等の写しなどを展示しています。

 特にあまり知られていませんが、明治27(1894)年から明治29年にかけて、久敬社の幹事(監事。管理・運営責任者)を務め、寄宿する唐津出身の学生たちの育成に努めています。

 この時期に刊行された『久敬社誌』を見ると、右仲は学生たちにも非常に慕われ、久敬社で集会等が行われた際、右仲がたびたび講演を行っていましたが、ほとんどが戊辰戦争の話をしたと記されています。内容について記されていないのが残念ですが、明治20年代後半になっても、戊辰戦争は右仲にとって、さまざまな意味で一生大事にしたい事象だったと考えられます。

 また、右仲から『函館戦記』(原本)を借りて学生や久敬社役員たちが写した記録も残っており、『久敬社誌』を見ると、今まで知られていない唐津の後輩を育てる教育者としての右仲の姿が垣間見られます。

 写真がほとんど残っていない右仲ですが、久敬社の学生たちと一緒に写り、りりしい顔もはっきり分かる右仲と考えられる人物の写真も展示しています。期間は9月21日までです。

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