築地反射炉の跡地で確認された鉄の不純物のかたまり=平成22年8月19日、佐賀市長瀬町の日新小

 佐賀市教育委員会は、幕末期に佐賀藩が鉄製大砲を鋳造するために築いた「築地反射炉」の跡地とされる日新小で、大型の鉄滓(鉄を溶かす際に出るかす)や大砲の鋳型とみられる粘土の破片が見つかったと発表した。いずれも反射炉の存在を示す有力な史料で、全容解明と「世界遺産」登録に期待が膨らんだ。

 反射炉操業時に排出された鉄くずなどが集まった「廃棄土坑」とされる部分と周辺を掘り下げて調査。鉄滓や粘土の破片は大砲鋳造を証明するものだった。土坑から幕末期の陶磁器も見つかり、反射炉が使われた時期と重なり、近くに反射炉本体があったことを裏付けた。

 調査はその後も続けられ、関連施設のものとみられる基礎構造物なども見つかったが、反射炉本体は特定できず。残る可能性として、現在の校舎の下にあると推定されている。

 築地反射炉は日本初の洋式実用反射炉で、幕末の近代化をけん引した佐賀藩を象徴する施設。市は三重津海軍所跡と同時に世界遺産登録を目指してきたが、2012(平成24)年8月、登録スケジュールに間に合わせるのは困難と判断し、断念した。(新元号まであと255年)

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