久富家の写真を見ながら説明する久富桃太郎さん=有田町の九州陶磁文化館

 幕末維新期に有田焼の再輸出を担った2人の豪商にまつわるトークイベント「久富蔵春亭と肥碟山信甫を末裔(まつえい)が語る」が4日、有田町の県立九州陶磁文化館であった。同町の久富桃太郎さん(88)と、田代正敏さん(79)が、両家に伝わる逸話などを紹介した。

 有田焼の再輸出は、まず久富与次兵衛が「蔵春亭」、続いて田代紋左衛門が「肥碟山信甫」のブランドで展開し、外国の嗜好(しこう)に合わせた新しい有田焼を生み出した。久富さんは「蔵春亭の名は当時の鍋島藩の殿様から頂いたもの。オランダと貿易をしていた長崎支店には、副島種臣らが寄宿していた」と佐賀の偉人たちとのゆかりに触れた。

 田代家が商談で使っていた有田町の異人館について田代さんは「お客さんを迎えたり、供養で使っていた。小さい頃はここで寝泊まりしていて、親の目が届かないので遊び場所だった」とのエピソードを語った。

 イベントは町明治維新150年事業実行委による明治有田偉人博の一環で、同館で開催中の「幕末明治 有田の豪商」展に合わせて開いた。

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