小笠原長行が唐津焼の陶工に作らせたという「五大洲統一人形」(久敬社蔵)。老中時代に外国事務総裁などを務め、開国派だった長行の世界への思いが伝わる

箱館新撰組の唐津藩士が慕った土方歳三の資料も展示。上は箱館戦争図(市立函館博物館蔵)のレプリカ

 唐津市近代図書館で7日、明治維新150年特別企画展「唐津藩と明治維新~小笠原長国と長行(ながみち)、維新と戦った男~」が始まる。幕府方だった唐津藩がどう動乱を乗り越えたのか。地元でもあまり語られてこなかった箱館戦争で新政府軍と戦った箱館新撰組の唐津藩士にも注目している。9月21日まで。

 唐津藩は徳川幕府を支える譜代大名が代々統治してきた。唐津・小笠原初代藩主の長子でありながら藩主になれず、老中として幕閣で支えた小笠原長行は、北海道まで旧幕府軍と行動を共にした。随行した唐津藩士24人は土方歳三率いる箱館新撰組に入隊している。

 企画展では14代将軍家茂(いえもち)や後の15代将軍一橋慶喜が長行に送った直筆書状を紹介。唐津藩士が兄と慕った土方の人柄が伝わる手紙なども展示している。副官として土方を支えた唐津藩士大野右仲(うちゅう)による「箱館戦記」の初稿原稿もある。

 長行の存在で唐津藩は新政府から目を付けられ、最後の藩主長国は石炭約3千トンを献上し、起死回生を図る。幕末期に全国の産出量の3分の1を占めた唐津の石炭産業にも展示スペースを割いているほか、佐賀藩主鍋島直大(なおひろ)が長国と新政府を仲介していた資料が初公開される。

 資料は約60点。現在も唐津出身者の学生寮として続く「久敬社(きゅうけいしゃ)塾」(川崎市)に伝わる初公開の所蔵品が多い。長行が東京での交流の場として屋敷の一部を開放したのが始まりで、辰野金吾らがその経営に携わった歴史も解説する。

 市明治維新150年事業推進室の黒田裕一係長(51)は「唐津の幕末明治の歴史を体系的に紹介するのは初めて」とし、「深読みすれば唐津出身者を支援する久敬社は、長行にとって明治政府への最後の挑戦だったかもしれない」と語る。

 入場無料。月曜休館、11日と9月5日は臨時休館。

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