鳥栖筑紫野道路沿いの一角に残る五輪塔=鳥栖市神辺町

 戦国時代の鳥栖地域で活躍した武将の一人に島鎮慶がいます。

 島氏はもともと主家の筑紫氏と同じ一族で、福岡市博物館所蔵の系図には筑紫満門の弟・頼広が島氏の祖として記されており、以後、代々筑紫氏の重臣として活躍してきました。

 島鎮慶は、はじめ忠茂といい、入道してからは鎮慶を名乗りました。また、官途は備後守を名乗っていたようです。

 永禄2(1559)年前後の大友氏との対立では、大友方の筑紫信清(真清)を合戦で退け、同じ重臣であった筑紫良祝(輝門)と共にまだ幼い広門を擁立します。筑後の田尻氏を通じて大友氏にとりなしを行い、無事家督を継がせることに成功します。

 その後も、主君の代理として宗像方面へ出陣し、各地の領主へ書状を発給するなど活躍しました。

 現在、鳥栖市神辺町の国泰寺地区に島鎮慶の五輪塔が大切にまつられています。塔には「天正十二(1584)年十月廿六日」の銘があり、島氏の菩提寺である徳昌寺の過去帳には天正十一年とあるので、鎮慶はこの頃に没したようです。(地域リポーター・田中健一)

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