詳細な発掘調査で確認された住居跡と工房跡群=鳥栖市の安永田遺跡

 弥生時代、九州地方を代表するのは銅剣・銅矛などの武器型青銅器で、近畿地方を象徴する青銅器は銅鐸どうたくでした。小・中学校の教科書にも地図入りで解説されていました。

 ところが1980年1月に、鳥栖市柚比町の安永田遺跡から、銅鐸をつくる鋳型が出土し「教科書を書き換える発見」として大きなニュースとなりました。北部九州にないはずの銅鐸が、しかも鋳型が出土したことで大きな反響を呼びました。それでも近畿地方の研究者からは、近畿から運び込まれたのではないかという反論が寄せられました。

 そこで、鋳型が出土した場所で銅鐸をつくっていたのか否かを確かめるため、さらに詳しい調査を実施しました。2年間の調査の結果、数多くの鋳型のほか、青銅を溶かしていた炉跡も見つかり、ここが工房跡だったことが明らかになりました。(鳥栖市誌第2巻より)(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬偵博)

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