和ろうそくを手に持つ石橋龍吾さん=みやき町原古賀の自宅敷地内にある工場跡

 みやき町の自宅敷地内にあった工場を片付けていると、ハゼの実からろうを搾る機材などが残っていた。「これらがあれば再現できるかな」ともの作りへの興味で始めたのが、和ろうそく復活のきっかけだ。

 和ろうそくや化粧品などの原料となる木ろうの生産・加工工場を父が経営していたのは小学高学年まで。当時、周りで遊んでいただけだったが、不思議と製造工程をよく覚えていた。

 活動が本格化したのは2008年。地元の「中原の豊かな自然を守る会」に入会し、会員が一緒に作業してくれるようになってから。ハゼは葉が赤く紅葉し美しい。その姿を楽しんだ後の1月ごろ、木にはしごをかけてハゼの実をちぎる。

 毎年、近くの中原小の3年生が工場見学と和ろうそく作りにやって来る。子どもたちは普段使っている石油製品のパラフィンろうそくと炎の揺らぎの違いを見比べながら、ふるさとで木ろう作りが盛んに行われていた歴史に触れる。

 今年は明治維新150年の節目。27日は久留米市からツアー客が訪れ、29日の「まつり鳥栖」ではろうそくや機材を展示する。「幕末には木ろうを精製した高品質の白ろうが輸出されていた。そんな歴史を後世に伝えたい」。和ろうそくの炎のように、穏やかに気負いなく自分の役割と心得ている。

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