試作した商品を並べ「贈られた人を笑顔にできたら」と話す吉田京子さん=佐賀市

 脊髄の機能がゆっくり低下し、筋力が徐々に失われていく難病を患う女性が6月、着物を使った小物などを作成、販売する事業を始めた。「誰かを幸せにするために生まれてきた着物」に再度、息を吹き込むことで、自らも再起したい-。そんな思いを込め、新たな一歩を踏み出す。

■4回の手術

 佐賀市川副町の吉田京子さん(49)は30歳のころ、「ぎっくり腰かな」という痛みを感じた。体は次第に左側に傾き、2年間で見る見る悪化していった。佐賀や福岡の病院を転々とし、診断がついたのはようやく10カ所目。「脊髄空洞症」という難病だった。

 横になっても、立っても痛い。呼吸さえつらかった。症状を緩和するため、4回の手術を重ねた。ホテルのフロントで働いていたが、仕事は続けられなかった。「夢を与える接客業なのに、もうお客様を笑顔にできない…」。役に立たない邪魔者だと思い詰め、自宅に引きこもった。

 そんな状態が続いたある日、家のタンスに眠った着物が目に入った。今は誰の役にも立っていない着物に自分を重ね、心が揺さぶられた。「着物は単に衣類というだけではなく、日本の文化を語り、人に夢を与えられる。着物と一緒に人の役に立ちたい」。3歳から高校生まで日舞を習い、和の世界に親しんでいたこともあり、思いが募った。

 障害者雇用枠の民間企業で働いていた3年ほど前、新聞で障害者ビジネスのスクール「ユニカレさが」を知り、決心した。スクールで学びながら、膨らんでいった思いは「人に喜ばれるものを」だった。

 発症以来、家族にも友達にも、助けてもらうことが増えた。吉田さんが乗りやすいように車を自宅の玄関前ぎりぎりまで着けてもらったり、歩くときに手を取ってもらったり。そうした細やかな助けを「友達だから」とさらりと言ってくれる友人に恵まれたから、今があると感じていた。

■誰かを笑顔に

 商品イメージやデザイン企画は自身で手掛け、縫製は母富江さん(80)とその友人が担う。着物を仕立てるための生地で酒を包む「御包着物(おつつみきもの)」、着物生地の祝儀袋「御祝着物(ごしゅうぎもの)」、着物や帯を使い、筆で言葉を添えた「葉書着物(はがきもの)」などの6種類をそろえた。生地は正絹にこだわり、食品に触れる生地は新品を使う。酒とセットで売る御包着物は、佐賀市の山田酒店での販売も決まった。

 障害者年金はひと月6万円強で、自立して生活していくためには補う収入が不可欠だ。3年後の黒字化を目指す。

 障害者ビジネススクールで学んだ2年半で「生きる道を得た」と力強く話す吉田さん。「手に取ってくれた誰かを笑顔にするため、もう一度生き直し、他の人の役に立ちたい」。そう話す吉田さんもまた、笑顔だった。

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