戻ってきた学校の標柱を手に感慨深げな西川校長(左)と毛利教頭=平成2年7月23日、伊万里市の大川小

 水害で伊万里市の大川小から流失した同校入り口を示す標柱(長さ約2メートル)が、約40キロ先の福岡県糸島郡志摩町(現糸島市)から戻ってきた。昨年7月の九州北部豪雨で、白石町の有明海沿岸に門柱が流れ着き、同県朝倉市の松末小(現杷木小)に返還されたのと同様の出来事が、その27年前にも起こっていた。

 伊万里市大川町ではこの年の7月2日、松浦川が氾濫し、床上浸水や道路流出などの水害があった。高台にあった同校から約150メートルにあった標柱は流失し、志摩町の引津湾に漂着したとの情報が2日後の4日、寄せられた。現地の漁協と取引していた唐津市の氷卸業中島英博さん=当時(39)=が自宅まで運び、同校教諭が受け取りに行った。

 昨年の九州北部豪雨では、松末小から約70キロ離れた白石町で同町職員が門柱を発見した。中山間地にある松末地区では2本の河川が氾濫し、多くの住宅が浸水や全半壊の被害に遭った。門柱はしばらく同町で保管され、今年3月24日の同校閉校式で里帰りした。(新元号まであと282日)

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