日本が近代国家へ歩みだす転機となった明治維新。今年で150年の節目を迎え、維新とゆかりの深い鹿児島(薩摩)、山口(長州)、高知(土佐)、佐賀(肥前)の4県では、激動の時代を再現した企画や、幕末志士の息吹を現代に伝えるイベントをそれぞれ展開している。記者が「薩長土肥」による現代風“維新”を体感し、偉人たちの活動の源となった郷土料理を味わいながら、ご当地の「維新熱」を報告する。初回は今月10・11日、NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」で盛り上がる鹿児島県を歩いた。

維新体感  

撮影の際、出演者が実際に着用した衣装を展示=鹿児島市の「大河ドラマ館」

「大河館」ドラマ世界凝縮

JR鹿児島中央駅から東へ、中心街を流れる甲突川の河畔沿いの歩道を進むと、西郷隆盛の生誕地とされる加治屋町の静かな住宅街のエリアに入る。「西郷どん 大河ドラマ館」は、西郷とのゆかりの深い地に、市立病院跡の広大な敷地にぽつんとあるプレハブ建物。館内に足を運ぶと、テレビ放映でおなじみの噴煙を上げる桜島の雄大なタイトルバックが出迎え、維新という時代の波が視覚的に伝わってくる。

西郷隆盛が沖永良部島で幽閉された晒し牢のセット=鹿児島市の「大河ドラマ館」

 西郷が幼少期を過ごした下加治屋町の屋敷縁側を復元したスタジオセットの前で、貸衣装の絣(かすり)の着物と袴(はかま)姿になった台北市の会社員・陳宣合さん(33)が記念撮影に収まった。「革命を起こす偉人にふんして楽しい」と笑顔を絶やさない。
 台湾では、日本と同じ時間帯で大河ドラマ「西郷どん」を放映している。維新から数年後に起きた漂流邦人の殺害事件で、新政府が台湾出兵したことについて尋ねると、陳さんは「歴史の授業で習った」と一瞬眉をひそめた。「ドラマの再現セットとはいえ、日本を変えた原動力をリアルに知りたかった」と九州一円の観光で、鹿児島では大河ドラマ館を選んだ。「人柄もよく、個人的に好感をもてる」。陳さんの西郷評はさらに高まった。

篤姫を演じた北川景子さんの衣装「藍白地菊牡丹花散らし織物打掛」=鹿児島市の「大河ドラマ館」

 ドラマ館では屋敷の復元セットのほか、人気俳優が撮影で実際に着用した島津藩主の羽織袴や篤姫の着物も展示している。どの衣装も時代考証を重ね、鹿児島の地域性と配役の個性を重視し、色、紋様、素材を細微にコーディネートするなど、看板番組に懸けるNHKの威信がうかがえる。
 華やかな衣装の世界と打って変わって、西郷の島流しのシーンを撮影するため、3週間にわたる奄美ロケを再現したセットは荒涼感が漂う。特に沖永良部島に1日で設営したとされる「晒(さら)し牢(ろう)」は、「臨場感を出すためロケでも1日で組み立てられた」と川崎澄義館長(61)は説明する。
 2畳にも満たない広さに丸太で格子状に囲まれた牢屋に入ると、対面の壁全面に貼られた大海原の風景写真が視界に飛び込んでく

「西郷どん 大河ドラマ館」の全景=鹿児島市

る。地の果ての絶望感とともに、水平線のはるか遠くまで広がる青さは、その後の西郷の活躍を知るだけに、新時代を切り開く躍動感がわき上がってくる。ツアー客とみられる高齢者が入れ替わりに晒し牢に入り、外の世界を凝視していた。
 今年1月中旬の開館から半年がたち、「7月中に来場者26万人を突破しそう」と川崎館長は声を弾ませる。1年間の目標入場者数は50万人だが、10年前、67万人を集めた「篤姫」大河ドラマ館の入場者数超えも視野に入ってきた。
 多くは県外からの観光客。維新を題材に鹿児島を舞台にした大河ドラマは過去数回制作されたこともあり、県民の来場数は見通せていない。「年末に向けドラマはクライマックスを迎え、来場者は伸びてくるだろう。9月には展示物をリニューアルし、維新のドラマ性を伝える努力を続けないと」。後半戦へ川崎館長は気を引き締める。

維新見聞 

大河ドラマのポスターに合わせ、舞台で跳躍する「西郷どん」のからくり人形=南九州市知覧町の豊玉姫神社

西郷跳ね上がる人形芝居

南九州市知覧町の豊玉姫神社では、全国でも例をみない水車を動力源としたからくり人形の芝居が、鹿児島独自の夏祭り「六月灯(どう)」(毎年7月9、10日)で奉納された。演目は「西郷どん」。大河ドラマのポスターを意識して、犬を連れ立った西郷隆盛を模した人形が舞台から跳ね上がる大仕掛けから始まる。
 宮司の赤崎千春さん(67)は「西郷さんが知覧に来たことはなく、この地方と維新との関係性は薄い」と、鹿児島市を中心とする維新関連イベントには距離を置いた見方をする。ただ、西南戦争では、この地域の多くの若者が西郷軍と従軍し、赤崎さんの曽祖父の弟を含め数十人が戦死した。人形芝居も西南戦争の終結で閉幕するナレーションが流れる。

水車からくり人形の舞台裏。舞台上の人形は釣り糸で大小の歯車に直結することで微妙な動きを表現=南九州市知覧町の豊玉姫神社

 水車からくりは、江戸時代中期、知覧島津家が水田の農業用水を引いたのが始まりとされ、歴史は幕末維新期より古い。太平洋戦争で長く中断に追い込まれたが、東京や関西の大学関係者が神社に保管していたからくり人形の文化的価値を見いだし、地元で復活の機運が高まった。
 舞台では西郷隆盛をはじめ馬に乗った藩主を見送る篤姫や示現流に励む藩士など、登場する30~50センチの人形20体すべてに動きを持たせている。舞台下では水車から延びる主軸に大小さまざまな形の歯車を絡ませ、舞台の人形と釣り糸でつなげることで細かい動きを表現している。
 人形の緻密な動きを36年間担当している知覧水車からくり保存会の宮原知見会長(67)は「水車からくりが復活してちょうど40年。明治維新150年も絡めて、『西郷どん』を取り上げることで、この誇りある郷土文化芸能に地元の若い人たちが興味を持ってもらえれば」と期待を込めた。

維新めし

西郷隆盛が愛した鹿児島を代表する維新めし「とんこつ」=鹿児島市の郷土料理「さつま路」

西郷広めた「とんこつ」

薩摩藩のソウルフード「とんこつ」は一見、豚の角煮と似ている。決定的な違いについて、鹿児島市内の郷土料理店「さつま路」の料理長地頭所信行さん(52)は「黒糖と田舎みそを使うことで、角煮とは違う味になる」と説明する。最初は豚肉を焼酎と水で煮て、黒糖と田舎みそを加え、さらに数日間煮込む。軟骨さえ舌の上でとろけ、引き締まった甘さと豚肉のジューシーな風味が口の中で膨らむ。

薩摩藩の兵士が保存食として常備したからし豚=鹿児島市の郷土料理「さつま路」

 「とんこつ」は西郷隆盛が奄美への流刑時代、体力をつけるため地元青年らと編み出した料理だ。その後、鹿児島に戻り、城下で広まった。西郷はこのほか、豚肉を辛子に漬けた「からし豚」を軍事行動の保存食に採用するなど、豚肉との関連性は深い。
 地頭所さんは、ランチとディナーに豚料理を中心としたセットメニューを西郷隆盛の名を冠し提供している。「出張してきた会社員らが、『西郷さんが愛した豚料理を味わいたい』と、今年に入り注文が多くなっている」と、維新効果を実感している。


◆読者プレゼント◆

豊玉姫神社のお守り(手前)と西郷どんの5勺枡

 記者が現地で購入した「西郷どん 大河ドラマ館」オリジナルの五勺(しゃく)枡(ます)と豊玉姫神社のお守りをそれぞれ2人にプレゼントします。希望者は、はがきに氏名、住所、年齢、職業、電話番号、希望するプレゼント名を記入の上、〒840-8585 佐賀市天神3の2の23 佐賀新聞社報道部「ルポ企画 薩長土肥 新・維新ロード」プレゼント係まで。締め切りは27日(当日消印有効)。応募者多数の場合は抽選となります。当選は発送をもって代えさせていただきます。

 

メモ

 

●西郷どん 大河ドラマ館(鹿児島市加治屋町20の1)
 開館時間=9時~17時(最終入館16時半)▽入場料=大人(高校生以上)600円、小人(小・中学生)300円▽電話099(808)3153
●豊玉姫神社(南九州市知覧町郡16510)
水車からくりは毎年7月9、10日に奉納▽電話0993(83)4335

●郷土料理 さつま路(鹿児島市東千石町6の29)
 営業時間=昼・11時半~14時半、夜・17時半~22時▽電話099(226)0525

 

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