城柵と環壕

無数の杭

 「魏志倭人伝」には、卑弥呼の居るところは「宮室楼観城柵厳設常有人持兵守衛」と書かれています。この漢字の並びを見ただけでも物々しい警戒がうかがえます。

 東口から天の浮橋を渡り、最初に見えてくるのは、この文章の中の「城柵」を思わせる柵の列です。城柵の「城」とは土偏に成と書きます。つまり、城とは土を盛り上げて成ったもの。土塁を意味します。その上に柵を設けると、城柵となるわけです。ここの城柵には1カ所切れ間があり、そこが集落への東からの出入り口となります。

 城柵を抜けると、その内側には空壕(からぼり)があり、そして壕の先には杭(くい)が無数に立ち並んでいて、とても厳重な造りとなっています。当然、武器を持った門番の兵士もいたはずです。しかし、ここからはまだ集落が見えません。この先どうなっているかはわからず、ただ、坂道があるだけです。

 今は公園として整備されていますので、坂道の角度は決められていますが、遺跡発掘以前は、この辺りは急な崖で、登るのに苦労したように記憶しています。邪馬台国かどうかは別にして、この出入り口だけでも吉野ケ里はすごいと思います。(福田幸夫・吉野ケ里ガイド)

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