岩倉使節団や佐賀の乱での尚芳の働きなどを紹介している企画展「知ってますか? 山口尚芳」=武雄市図書館・歴史資料館

尚芳も欧州土産に持ち帰ったとみられるステレオビュー(左上)とステレオ写真。ステレオビューに写真を入れてのぞくと立体的に見える

使節団がイタリアのジノリ社を訪れた際に署名したゲストブック(芳名帳)。尚芳は「なおよし」と読まれることが多かったが「Maska」と署名している

岩倉使節団がサンフランシスコで撮影した写真。左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通

 武雄出身で岩倉使節団の全権副使として欧米を歴訪し、近代日本の基盤づくりに尽力した山口尚芳(ますか)(1839~94年)を紹介する企画展が、武雄市図書館・歴史資料館で開かれている。欧米諸国の目を見張る様子を大隈重信に伝えた手紙や、佐賀の乱の鎮圧に努める一方で、乱に加担した武雄士族の赦免を求める謝罪文の草案などを展示、尚芳の生涯を伝えている。

 尚芳は天保10(1839)年、武雄に生まれ、武雄領主鍋島茂義の命で長崎で蘭学や英語を学んだ。上京して薩長同盟の成立に尽力し、新政府では明治4(1871)年の岩倉使節団に参画、1年10カ月にわたって欧米12カ国を訪問した。政治家や政府高官として日本の近代化に力を注いだ。

 企画展「知ってますか? 山口尚芳」は、明治維新150年を記念した展観で、約130点の史料で尚芳の業績を紹介している。

 江戸後期の展示では、鍋島茂義が尚芳に与えた砲術免状や、戊辰戦争に赴く武雄軍団に合流するため尚芳に大阪に来るように促す書面などが並ぶ。

 明治時代は岩倉使節団関係の史料が多い。久米邦武が編集した公式報告書「特命全権大使 米欧回覧実記」や、一行の写真、ニューヨークやロンドンなどの様子が描かれた銅版画、イタリアのジノリ社を訪れた際のサイン皿(複製)やゲストブック(芳名帳)もある。

 尚芳は欧米各地から大隈重信に手紙を書いている。サンフランシスコからの便では「家有レハ必ス傳信アリ」「鉄路アリ」などと町の様子を伝え、 パリでは「ロンドンより狭小だが華美を極めている」という内容をしたためている。

 佐賀の乱に関する展示も多い。尚芳は乱を鎮圧するために長崎から警備兵を率いて佐賀に入城した。「近世四戦紀聞」は、同じ時期に起きた西南の役など四つの内乱を記録した3巻の本で、武雄勢についての記述もある。

 尚芳は乱に加わった武雄勢の赦免にも奔走している。乱への加担に消極的だったことなどを記した謝罪文の草案を自ら書き、実際の謝罪文も同じような内容になっている。ふるさと武雄を救う一念を感じさせる。

 企画展は8月5日まで。7月29日午後2時からギャラリートークがある。

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