子ども新聞のコラムに挙げた「持ち物より持ち主が大事」という表現は、思春期への関わりでご一緒している横浜の泌尿器科医、岩室紳也先生のお連れあいの言葉です。先生は思春期の子どもたちのみならず、保護者や大人向けの講演でもよくこのことを紹介なさいますが、言われてみれば当たり前のこのことが実は大変根深い問題なのです。

 誰しも何かしらのコンプレックスを持っているものです。克服のために努力するなど良い効果をもたらせばいいですが、多くの場合は自信の喪失などマイナスに働くことが多いと思います。容姿や体形などは特にその傾向が強く、相談しにくさから根深くもあります。

 思春期の悩みに深く関わることでいえば、バストや男性器の大小に関するものがとても多く、大人に至っても永遠の課題のように扱われるものです。これらは、人との比較によるものですが、基準は一体どこにあるのでしょう。そして、それは本人の人格の評価に関わるものなのでしょうか?

 アンケート等の調査において、パートナーが相手に求めるのはいずれも持ち物の大きさではないことは明白です。少し考えれば分かることですしネットで調べればデータも入手できます。しかし、自虐も含めて話の「ネタ」の方向性として「大きい方が良い」という流れを大人がつくってしまっていることにみんな巻き込まれてしまっています。

 同性を意識しての場合があるにせよ、みんながそこで競い合う必要はないはずです。

 大きいことを好む人もいるでしょうが、気にならない人もいるという現実が見えにくくなってしまっています。特に実際の交友関係が狭い子どもたちの時期はメディアがつくり出す「標準」に周りの子ども達も影響されがちです。発育の程度やタイミングは人それぞれですし、他者と比較して一喜一憂することではないのです。

 そうはいっても人と比べるのは無意識に近く、ついやってしまいます。「人と違うから恥ずかしい」のではありません。本当に大事なのは何なのか、恥ずべきこととは何なのか。大人もきちんと向き合いたい話題です。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

 

 古川さんのコラムは、本日の別刷り「子ども佐賀新聞」11面に掲載しています。

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