医学を志したある学生の失踪など佐賀にも影を落としたオウム真理教事件。首謀者麻原彰晃の死刑が執行され、その遺骨がどうなるか、いまだざわついているが、ふと河野義行さん(68)のことを考えた◆河野さんは1994年6月27日、教団が起こした松本サリン事件の第1通報者。自身も事件の被害者で妻をサリンで亡くしただけでなく、事件翌日には警察やマスコミから犯人扱いされた。一方的な取り調べ、無責任報道、殺人鬼呼ばわりする匿名電話、落書き…◆事件翌年の9月28日、共同通信社で「オウム報道」をテーマに開かれた全国報道部長会議を思い出す。捜査当局が殺人容疑で第1通報者宅を家宅捜索した時点で、疑うことなく「心証クロ」に走ってしまったことを反省しながらも議論は「仕方なかった」という“空気”が◆「それでは今後も(こういう報道の誤りが)あり得るということになりますね」と口を挟んだが、「仕方なかった」という多数意見に変化はなかった。そのじくじたる思いは消えないが、事件から15年たった2009年5月、佐賀に来られた河野さんと直接、お話しした。ぬれぎぬの被害は想像を超え、親類縁者にも及んだという。「一度犯人扱いされると世間は容赦しないんです」◆「反省」だけでは償えないことがある-。自分に言い聞かせている。(賢)

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