伊東玄朴の旧宅から見つかった建築部材。「文政四年巳ノ七月作之」と記されている=神埼市の旧古賀銀行神埼支店

 神埼市神埼町的にある佐賀県指定史跡「伊東玄朴旧宅」の建築年代が分かる建材が見つかった。墨で「文政四年」と書かれており、江戸時代の文政4(1821)年に用いられた建築部材と市社会教育課はみている。日本で近代西洋医学の発展の礎を築いた玄朴が、開業したころをしのぶ資料として、旧古賀銀行神埼支店(神埼町神埼)で22日まで展示している。

 社会教育課文化財係の職員が今年4月、老朽化した屋根の修理に向けて調査をしていて、屋根裏で発見した。長さ約110センチ、幅約7センチ、厚み約6センチの建築部材で「文政四年巳ノ七月作之」と記されている。

 この年は、玄朴が自宅で開業したとされる文政元(1818)年と、蘭方医の島本良順に入門したとされる文政5(1822)年の間に位置している。佐賀大学特命教授の青木歳幸さん(69)は「文政年間が、新しい知見や学問を身につけていこうとする機運が高まっていた時代だったことをうかがわせる」と年代の特定の意義を話す。

 玄朴は幕末に天然痘を予防する種痘を普及させ、東京大学医学部の基礎となる「お玉ケ池種痘所」も設立するなど医学の発展に尽力した。建材は旧古賀銀行神埼支店で展示した後、市で保管する。

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