三重津海軍所について講演する瀬戸健太郎記者(右)と多久島文樹デスク=唐津市の鏡中

 幕末維新期の佐賀県の歴史を、佐賀新聞の記者が教える出前授業が4日、唐津市の鏡中(貞包浩洋校長)であった。鳥栖支社の瀬戸健太郎記者が、船の修理や造船、船乗りの育成を担った三重津海軍所について解説した。

 海軍所の船の修理場について、「体育館の半分ぐらいの穴を掘って、そこに船を入れていた」と説明。潮が満ちた時に船を入れ、引いたときに水を排出して修理していた仕組みを解説した。

 生徒から、海軍所で造られた初の国産蒸気船「凌風丸」に関して「何に使われていたの」といった質問が飛んだ。遺構が現在も地中に埋まったままなことについての質問に、瀬戸記者は「地下にあるからこそ風雨から守られる。後世に残すため、仕方なく埋め戻している」と答えた。

 出前授業は肥前さが幕末維新博を見学する前の“予習”を兼ねて開き、生徒約350人が聴いた。3年の藤崎颯人さんは「学校の授業よりも詳しく学べて、維新博が楽しみになった。海軍所跡も実際に見たい」と話した。

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