2メートル以上浸水して土砂が流れ込み、倒壊した家屋の2階から衣類などを運び出す住人=平成2年7月2日、塩田町

 活発化した梅雨前線の影響で、県内は記録的な集中豪雨に見舞われ、各地で土砂崩れや河川の決壊、はんらんなどが相次いだ。鹿島市で主婦が家屋もろとも土砂に押しつぶされて死亡、多久市では農業男性がため池に流され亡くなった。家屋14戸が全壊し、県内のほぼ1割にあたる約2万5000戸以上に浸水被害が出た。嬉野市では1日の降水量が過去最高の366ミリに達し、佐賀市でも285・5ミリを記録した。

 県内の平野部面積のおよそ半分が浸水。道路も各地で寸断され、JRは運休するなど交通は終日マヒ状態で、学校の休校も相次いだ。県は昭和55(1980)年8月以来の災害対策本部を設置した。

 塩田町では、深いところで一時2メートル近くまで冠水し、土砂が流れ込んで家屋が倒壊するなど、昭和37(1962)年以来の被害となった。

 県内も度々大きな水害に見舞われており、1953(昭和28)年6月の「二八水」で62人の死者・行方不明者を出し、1967(同42)年7月の「四二水」では12人が亡くなっている。(新元号まであと303日) 

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