父親が書き残した手紙に目を落とす古賀千幸さん。沖縄戦で命を落とした祖父との思い出がつづられていた=鹿島市

■父と祖父しのび追悼式に

  沖縄県が「慰霊の日」を迎える23日、糸満市の平和祈念公園で開かれる沖縄全戦没者追悼式に佐賀県内から参列する遺族がいる。県遺族会の青年部副部長で、地上戦で祖父を亡くした鹿島市の主婦古賀千幸さん(58)。遺児や遺族の高齢化が進む中、戦争の惨禍を後世に伝えるため「孫世代」として一歩を踏み出している。

 古賀さんの祖父の州賀澳(すがお)さんは旧日本陸軍第29野戦飛行場設定隊に所属していた。享年36。名前は「平和の礎(いしじ)」に刻まれている。

 祖父のことをより身近に感じるようになったのは3年前、実家で1通の手紙を見つけたことがきっかけだった。差出人は古賀さんの父親。沖縄県旧島尻郡大里村に宛てた手紙の控えのようで、祖父の足跡を尋ねる内容だった。

 古賀さんが胸を打ったのは初めて知る祖父と父の親子の思い出の部分だった。青果商だった祖父は幼い父を連れて山へ行き、タケノコ堀りやフナ釣りを教えた。祖父が戦地に赴いたとき、小学4年生だった父は生後6カ月の弟を背負い、行商を手伝って家族で生き抜いたと記されていた。

 昨年、慰霊の日の追悼式に初めて参列し、平和の鐘を打ち鳴らした。礎に向かい語りかける遺族らの姿に父や母の姿を重ねた。

 佐賀県遺族会は昨年、青年部を発足させたが、裾野は広がっていない。古賀さんは、家族にも戦中・戦後の体験を語りたがらない遺児や遺族の苦難の歩みや心境に触れ、継承の難しさを改めて感じているという。

 それでも古賀さんは問いかける。「苦労話でも、ささいな身の上話でもいい。亡くなった人、大変な時代を生き抜いた人たちと、後の世代に溝ができていかないように、語り合ってほしい」。体験や思い出を共有する活動の広がりを期待している。

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