疑問点を記者に質問する背振中の生徒。次々と手が挙がった=神埼市の背振中学校

 幕末や明治時代の佐賀県について、より理解を深めてもらおうと脊振中学校(角田雅弘校長)で20日、出前授業があった。佐賀新聞社の小部亮介記者が講師を務め、「造林の父」と呼ばれる脊振村3代目村長、徳川権七について学んだ。

 全校生徒27人が、総合学習の授業を受けた。出前授業では、小部記者が「村をよくするため」と取り組んだ造林事業の歩みや、脊振中が脊振山から切り出されたヒノキで建造されていることなどについて話した。

 生徒からは「植林でどのくらいのお金が入ったか」「なぜ植林が奉仕作業だったのか」などの質問が次々と寄せられた。小部記者はそれぞれ「一時は、村の予算の半分ほどを賄うくらい」「人を雇うお金がなかったという背景がある。脊振村の人は忍耐強く、村民性に助けられたという面も大きい」と答えた。

 徳川権七の偉業を伝える映画を数年前に見たという3年の本間遼平さん(14)は「努力家という印象」と話し、3年の村田知華さん(15)は「初めて知ることが多かった。身近な祖先についても調べてみたいと思った」と自分に引きつけて考えていた。

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