任期最後の定例議会一般質問で、3期12年を振り返った岸本町長=今月14日、玄海町議場

 九州電力玄海原発4号機(東松浦郡玄海町)が16日、約6年半ぶりに動き出した。今期限りで引退する岸本英雄町長(64)は、8月上旬の任期満了まで2カ月を切る中、3号機を含めて2基体制が整ったことに「町の誇りが取り戻せる」と安堵(あんど)の表情を見せた。福島第1原発事故を経ながら、原子力行政の「理解者」として歩んだ3期12年を折々の言葉とともに振り返った。

 ■「プルサーマルに同意した玄海町として、中間貯蔵施設誘致に関する準備をするのが妥当だ」(2007年6月19日)

 佐賀県議を辞して挑戦した06年の町長選で初当選。それ以降、前町長が同意したプルサーマル計画をはじめ、国の原子力政策に協力してきた。中間貯蔵施設誘致を表明した青森県むつ市を視察後、佐賀新聞社の取材に対して施設誘致の検討に言及し、波紋を広げた。その後、「今の時点で誘致するつもりはない」と発言を後退させたが、構想自体は浮上しては消える経過をたどった。

 ■「東京電力の対応の遅さが信じられない。現地の友人とも連絡が取れない」(11年3月12日)

 無投票再選でスタートした2期目、東日本大震災と福島第1原発事故が起きた。「本当にショック。やりたい施策は全て崩れた」

 未曽有の原子力災害に衝撃を受けながらも、原発への信頼は揺るがない。

 ■「過去に大規模な地震や津波、原発事故もない。九電は安全の実績を築き、町との信頼関係がある」(11年7月4日)

 福島事故から4カ月後、全国で初めて再稼働に同意した。「どの立地自治体も最初に同意するのは嫌だったと思う」と岸本氏。報道陣や反対派が押し寄せることを予想したが、「電気をつくることが国に貢献すること」と踏み切った。町にはこの日、抗議の電話が約80件殺到した。

 ■「全部ぶちこわされた気分」(11年7月6日)

 海江田万里経産相(当時)から直接、「安全は国が保障する」とお墨付きをもらい再稼働に同意。しかし2日後、当時の民主党政権が原発のストレステストの実施を表明した。国からはしごを外され、同意を撤回した。同時期には九電の「やらせメール」問題、菅直人首相の「脱原発」表明もあった。「いま思い返しても腹が立つ」。国策に最大限協力してきた自負があっただけに、当時の方針転換への落胆は大きかった。

 ■「私は(再稼働を)理解しました」(17年3月7日)

 撤回から再び同意するまで約5年半。原発の安全規制を担う原子力規制委員会の発足や新規制基準の整備など、原発を取り巻く風景は変化したようにも見える。3号機の再稼働は、再同意からさらに1年を要した。「町は九州の電力供給に大きく貢献してきたが、原発が稼働していないのに関連交付金をもらうのは後ろめたかった」

 九州電力は16日、4号機を再稼働させた。岸本町長は歓迎しながらも、「気にかかること」として1号機廃炉や2号機の存廃を挙げる。

 ■「高齢者や子どもたちを守れる町にしていく作業を続けないといけない。そういう意味では次の町長はプレッシャーかもしれない」(18年6月14日)

 任期中最後の定例町議会一般質問では、こう述べた。課題は次期町長に引き継がれる。

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