映画月光の夏(上)

 映画「月光の夏」を支援する会は、1992年に鳥栖市で立ち上げられ、私は事務局長を務めることになった。会長は当時、鳥栖商工会議所副会頭であった横尾英彦氏である。

 実話の語り手、上野歌子先生は鳥栖小の生徒であった私の音楽の先生で、6年生の時、先生の話を聞いたことがあった。昭和20年5月ごろ、特攻隊員2人が人生最後の願いとしてグランドピアノを弾きたいと鳥栖国民学校(現・鳥栖小)を訪ねて演奏して帰って行った、と。これをもとに毛利恒之氏が小説を書かれた。

 それを見た映画制作会社が映画化したいと上野先生を訪ねられ、その後、市を訪問。映画化には2億5000万円必要である。市で1億円負担できないかと相談があり、当時の山下英雄市長の英断で民間と行政で準備しようということが決定された。(絵・文=水田哲夫・鳥栖市本町)

このエントリーをはてなブックマークに追加