試合後、先発した安在悠真(右)にボールを手渡し、声を掛ける森田直哉=2017年8月10日、甲子園

 強打者ぞろいの強豪校との短期決戦にどう対応すべきか。その答えとして複数投手制をとるチームが主流になっている。2007年の佐賀北は馬場将史、久保貴大の継投で全国の頂点に駆け上がった。以降夏を制したのは私学だけだが、いずれも複数の投手を投入。佐賀北の躍進が一つの転機になったとみる向きもある。

 昨夏、創部8年目で春夏通じて初の甲子園出場を果たした早稲田佐賀。安在悠真、森田直哉の両左腕を中心に継投し、松隈晴基もつなぎ役を担った。古賀一則監督(38)は「信頼できる3人が役割を果たしてくれた」と振り返る。

 古賀監督が初めて指揮を執った13年、早稲田佐賀はエースの黒岩佑丞を軸に佐賀大会の決勝まで進んだ。5-4と1点リードで迎えた九回、2死から4連打で同点に追い付かれ、延長の末に有田工に敗れた。

 初戦から決勝までの5試合で黒岩が投じたのは660球。「当時は黒岩に頼らざるを得なかった」。その時の経験が刻まれ、その後のチームづくりにつながったという。

 昨夏の佐賀大会の4強のうち、エースが1人で投げ抜いたのは鹿島だけ。早稲田佐賀と決勝で戦った鳥栖も継投を主体に勝ち上がった。

 ここぞという終盤の場面で、投手が踏ん張って打者を打ち取るのは野球のだいご味だが、球が甘くなり打ち込まれるケースが多いのも事実だ。

 「優勝を目指すうえで、佐賀大会でも5~6勝が必要。1人だけだとやはり厳しい」。監督として佐賀北を全国制覇に導いた百崎敏克さん(62)は、どうすれば甲子園で勝ち抜けるか考え続ける中で複数投手制にたどり着いた。「疲れから球の切れがなくなった先発より、生きのいい2人目のほうがいい」。フレッシュな控え投手をつぎ込み、相手打線をかわすのが勝ち抜くための定石になっている。

 昨夏の甲子園で優勝した花咲徳栄(埼玉)は2人の継投で勝ち上がった。完投勝利が一つもなかったのは2007年の佐賀北以来。3月の選抜大会で頂点に立った大阪桐蔭は柿木蓮(多久中央中出身)、根尾昂ら4人の投手を起用した。複数投手制の流れはさらに加速しそうだ。

メモ

夏の甲子園のマウンドに立ち続け、優勝投手になるのは至難の業だ。1994年の佐賀商の峯謙介は1回戦から決勝までの6試合を1人で投げ抜いた。708球に及ぶ熱投が県民の脳裏に焼き付いている。その後、夏の甲子園で一度もマウンドを譲らず優勝した投手はいない。

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