古湯の解体作業を見守る町民たち=嬉野町下宿/古湯の解体作業を見守る町民たち=嬉野町下宿

 大正期に建設された洋風公衆浴場で、嬉野温泉のシンボルとして親しまれた「古湯」が解体された。老朽化で1996(平成8)年から閉鎖されていた上、この年の3月にあった福岡県西方沖地震で一部が倒壊していた。

 この日の朝、町民約30人が見守る中、重機によってがれきの山となった。「心が痛む」と、変わり果てる姿を写真やビデオに収める人もいた。

 「古湯」は江戸時代、蓮池藩が所有。明治期、地域の有力者の共同出資で近代的な建物に生まれ変わるも1922(大正11)年、温泉街の火災で全焼した。2年後の24年にゴシック調建築で復旧した。

 解体から5年後の2010(平成22)年、嬉野市はゴシック調建築を再現した木造2階建ての公衆浴場として再びオープンした。名前は江戸時代、嬉野温泉を訪れたドイツ人医師にちなんで「シーボルトの湯」。バリアフリー設備を整え、椅子に座ったまま浴槽に移動できるリフトなどもある。年間利用客数は約13万人で、最近は外国人観光客も増えているという。(新元号まであと324日)

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