接合した大久保・平原遺跡の鋳型

 現在の鳥栖市弥生が丘のほとんどは昔、柚比(ゆび)町であり、一帯には遺跡が多く分布していました。弥生が丘の町づくりのため、10年以上に及ぶ遺跡の調査が行われました。

 その中で最も大きな成果は、この地域内に弥生時代の青銅器をつくる5カ所もの工房跡が見つかったことです。

 まず、大久保・平原遺跡からは、最も古い弥生時代中期初頭期(約2100年前)の銅戈(どうか)をつくる鋳型が出土しました。銅戈は柄に横方向に取り付け、鎌のような使い方をする武器です。

 鋳型として使われなくなった後は、大久保・平原集落の人びとが砥石として、それぞれで使っていましたが、調査で出土した後、2100年ぶりに同じ鋳型であることが判明、調査関係者を驚かせました。(鳥栖市誌第2巻より)(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬偵博)

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