当時珍しかった写真クラブの作品アルバムに見入る来場者ら=佐賀市の山口亮一旧宅

 佐賀美術協会(美協)初代会長で佐賀の近代洋画をけん引した山口亮一(1880~1967年)。その山口を支えた人たちを紹介する企画展が、佐賀市の山口亮一旧宅で開かれている。実父で佐賀実業界の中心人物だった中野致明(むねあきら)らを深掘りしている。

 致明を中心とした資料展と、山口家、中野家の歴史を中心とした維新博関連展を同時開催。亮一を顕彰する写真家大塚清吾さんと郷土史家の本間雄治さんらが資料をまとめた。

 中野家は佐賀藩の名家で、明治以降は佐賀の実業界で名をはせた。致明は佐賀百六銀行頭取、廣瀧水力電気(発電所・神埼市脊振町)社長などを務め、佐賀商業会議所の2代目会頭に選ばれた。亮一は6歳で蘭学医山口亮橘(りょうきつ)の養子となるが、美協設立には致明も力を貸したようだ。

 致明は美協の後援団体の会長となり、顧問には当時の若林県知事ら、賛助会員には古賀銀行頭取の古賀善兵衛、深川造船所社長の深川喜次郎らそうそうたるメンバーを集めた。美術鑑賞の文化がない地方で美協の船出が成功したことを大塚さんは「致明を中心とした実業界の後ろ盾が大きい」とみる。

 同展ではこれらの史実をパネル、写真で振り返るほか、古賀頭取らが作った写真クラブの作品アルバムなど珍しい資料も並べる。大塚さんは「亮一の活動を支えた人々の実像を知って」と呼び掛けている。

 資料展は17日、維新博関連展は9月30日まで。10日午後1時半からは、大塚さんと本間さんの対談がある。

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