発掘当時の中原遺跡=唐津市中原

唐津市の中原遺跡から出土した木管。防人を意味する「戌人」という言葉が記されている

 佐賀県唐津市の中原遺跡で2000(平成12)年9月に出土していた木簡に、7~8世紀にかけて九州北部を警護した「防人(さきもり)」を意味する「戍人(じゅにん)」という文字が書かれていたことがこの日、分かった。防人について記した国内初の出土文字資料で、この木簡は今年4月、県重要文化財に指定された。

 木簡は縦27センチ、幅3・5センチ、厚さ0・4センチ。国立歴史民俗博物館の平川南教授=当時=らが04年、赤外線解析で解読した。両面にある文字のうち最初に書いた一次文書に、人名と出身国を示す「甲斐國」、また「戍人」という文字があった。木簡の年代は789(延暦8)年ごろ。

 防人は倭国が白村江の戦い(663年)に敗れた後、九州防衛のために置いた兵士。日本書紀や続日本紀などに記述があるものの、肥前国に配備したとする文献資料はなかった。

 中原遺跡は西九州道建設に伴い1999~2003年に発掘調査され、奈良、平安時代の墨書土器や木製品が多数出土した。

このエントリーをはてなブックマークに追加