小笠原長国、嘉永2(1849)年の書。「よろしくないような事はない」の意

 各大名が領有する土地(版)と人民(籍)が天皇に奉還されたことを受け、明治2(1869)年6月、各大名に藩知事として統治を任せる、世に言う版籍奉還が行われました。小笠原長国は既に3月以前の段階で版籍を朝廷に奉還し、明治政府より感謝される旨の手紙をもらっていました。

 唐津藩が明治政府に組み込まれたと自負する長国は、版籍奉還が承認される前の5月、今、政府が急いで行うべき「急務」のこととして二つの施策の建白書を提出しました。

 一つは日本は早く大名制(封建制)を廃止して、明治政府の役人統治(中央集権化)とする「郡県制」とすべきこと。理由としてこのまま大名が君臨すると、諸外国と交流する上でも不便であるし、国家による貨幣や財源、さらには命令の一元化という点でも大きな支障となるため、速やかに大名制を廃止し、「郡県制」とすることこそが日本の「富強」にもつながると述べています。

 もう一つは海軍を編制すること。日本と同じ島国ながらイギリスが強国なのは、優れた海軍を保有するからであり、明治政府がまず行うべきは陸軍よりも海軍の増強であり、強大な海軍を編制すれば諸外国から侮られることもないと述べています。貿易による関税と国債を発行し、その資金を充てることも提言しています。

 欧米列強諸国に対抗するため、遅れていた日本は維新を契機にどう変わり歩むべきか。長国は大名ながらも日本の近代国家の形を真剣に考えており、唐津藩英語学校としての「耐恒寮(たいこうりょう)」も、そうした過程でつくられていきました。

(黒田裕一)

 

 くろだ ゆういち 福岡県柳川市生まれ。琉球大学法文学部史学科卒、国学院大学大学院文学部史学科博士課程前期修了。1999年、旧相知町役場(教育委員会)入庁。現在、唐津市教育委員会兼唐津市明治維新150年事業推進室推進係長。

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