漆鞘銅剣の出土状態(上)

漆鞘銅剣の復元品(下)

 前回は弥生時代前期(約2300年前)の八ッ並丘陵が、この地域の母村集落だったとお話ししました。その後、集落は爆発的に増え、柚比丘陵群(現在の鳥栖市今町、弥生が丘、柚比町)全体で集落が営まれます。

 そして弥生時代中期(約2100年前)には、この一帯を治める王様が登場してきます。その王墓が柚比本村遺跡(現在の弥生が丘西交差点付近の地下)の墳丘墓です。

 ここではまず石で囲われた木棺墓がつくられ、その後、周囲にかめ棺墓が45基つくられました。これらのお墓からは銅剣7本が出土し、赤漆玉飾りの鞘(さや)を持った銅剣もありました。当時の大変先進的な工芸品で、この地に選(すぐ)れた材料を集め得る王の権力と、優れた技術をもった工房が存在していたことが考えられます。(鳥栖市誌第2巻より)(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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