新地節に合わせ、男役と女役が「潟いない踊り」を披露した

 4月19日、恒例の「潟開き」が行われた。1995年から干潟体験が安全に行われるようにと始められ、今年で24回目だそうだ。

 神事の後、アトラクションとして飯田の「潟いない踊り」が披露された。男役と女役に分かれて9人で「新地土手から小野島見れば~」とうたう新地節に合わせて、潟を揚げる所作をしながら踊られた。昭和30年代ころまでは、若い娘たちが踊っていて見物人も多かったとか。息子の嫁候補を探しに来る人もいたのだ。

 当時はまだ化学肥料がはやっていなかったので、潟泥や下肥とジメキ(フジツボ)などが、肥料の主流だった。潟揚げ場も各集落の海岸にあったそうで、音成には3カ所あったようだ。

 「潟いない踊り」は、飯田と小宮道だけに受け継がれているので、毎年交代で出演することになっている。午後2時過ぎには姫路市の中学生が200人ほど来て、干潟体験を楽しんでいた。(写真家・中尾勘悟=鹿島市)

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