白い花を咲かせた沙羅双樹を見上げる倉永圓宰住職=小城市小城町の寶地院

白く小さな花をびっしりと咲かせた沙羅双樹=小城市小城町の寶地院

 小城市小城町の清水山見瀧寺寶地院(清水観音)にあった沙羅双樹(サラソウジュ)が台風被害で枯れて約5年たち、その種から命をつないだ「2代目」が今春、初めて花をつけた。元の木は、佐賀藩最後の藩主、鍋島直大(1846~1921年)が手植えしたと伝えられ、住職の倉永圓宰(えんさい)さん(81)は「よく生き延びてくれた」と喜んでいる。

 「間違いない、沙羅双樹だ」。倉永さんは4月下旬、寶地院の敷地内にある木の枝先にびっしりと咲いた白い花を確認し、目を細めた。

 寶地院は古くから鍋島家と関わりが深く、清水の滝近くの観音堂前には、明治時代初期に直大がインドから持ち込んだと伝えられる「お手植えの沙羅双樹」があり、信者や観光客に親しまれてきた。ところが台風の被害で5年ほど前に枯死。何とか復活させようと、採取していた種を数カ所にまいたが、寒さに弱い沙羅双樹は国内で育てるのが困難とされており、芽を出すことはなかったという。

 数年前、自宅近くに沙羅双樹の苗木が育っているのが見つかった。倉永さんは、母・志づ子さんが生前にまいた種のうち、1本だけが気づかれることなく育っていたと推測。今年4月に初めて咲いた花を見て、確信したという。

 インドから東南アジアに分布する沙羅双樹。仏教では釈迦(シャカ)の入滅時に、近くに植えられていたとされる“聖木”。日本でも「平家物語」の一節「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」でなじみ深い。

 倉永さんは「長年親しまれてきた大切な木の2代目。枯れずにしっかり育ってほしい」。小さな白い花をいとおしそうに見つめていた。

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