150年前に使われた「御本陣旗」(右)などが展示されている企画展「どーして武雄で秋田竿燈なの?」=武雄市図書館・歴史資料館

 5月12日に武雄市で妙技が披露される秋田竿燈まつりが、なぜ武雄で行われるのかを探る企画展「どーして武雄で秋田竿燈なの?」が28日、武雄市図書館・歴史資料館で始まった。戊辰戦争(1868年)にまつわる秋田との縁を約70点の史料で紹介している。

 武雄市と秋田市は、戊辰戦争で秋田藩の援軍として武雄の兵士が出征し、亡くなった14人の墓が秋田に残ることが縁で交流がある。竿燈まつりは明治維新150年の記念行事として招へいした。

 企画展では武雄軍団の出撃や秋田での戦いの様子、戦死した兵士の墓が武雄との縁を結んだ話を、実際に使われたとみられる野戦砲やスペンサー銃、御本陣旗をはじめ多くの書状で紹介している。

 「戊辰の役従軍掟(おきて)」は出陣の際に兵士に出された掟で「けんか、口論はしない」などと書かれている。武雄の兵士が犠牲になったことを伝える書状や、軍務官副知事だった大村益次郎が島義勇に「明治政府内に世情不安が続く東京に武雄軍団を引き留めておこうという意見がある」という内容を伝える書状も展示されている。

 武雄市歴史資料館の川副義敦歴史資料専門官は「武雄と秋田のつながりをもう一度学び、出兵した兵士に思いをはせる機会にしてほしい」と話す。

 5月27日までで、5月3、6、10、20日の午後2時から展示解説もある。

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