高取伊好の立像(奥)の前で、感謝を歌にした自作の炭坑節を踊る多久町老人クラブの会員たち=多久市多久町の西渓公園

 明治・大正期の実業家で、「肥前の炭鉱王」と呼ばれた多久市多久町出身の高取伊(これ)好(よし)が寄贈した同町の西渓公園で27日、感謝の集いがあった。歴史の継承と住民の交流を目的に地元の老人クラブが企画。新緑に囲まれた憩いの場で、会員ら約80人が酒を酌み交わし、ふるさと談義に花を咲かせた。

 杵島炭鉱で成功を収めた高取は地域の学校や寺院の建設、災害支援などの地域貢献に尽力した。西渓公園もその一つで、多額の私財を投じ、1920(大正9)から4年かけて整備。図書館や公会堂も建て、多久村(当時)に寄付したという。

 感謝の集いは、親しみを込めて「高取さんまつり」と名付け、昨年から開いている。今年はその功績と感謝を歌詞にした自作の炭坑節を総出で踊り、高取の生涯をまとめた読み語りで足跡をたどった。多久町老人クラブの会員数は、市内で西多久町に次いで多い159人。会員で最高齢という93歳の女性も元気に参加した。江打正敏会長(73)は「健康で長生きできるように、これからも気楽に集まれる機会をつくっていきたい」と話した。

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