平成以降、歌の世界から消えたことばがある。それは「雨」だと、作詞家の阿久悠さんが書いていた。近ごろのはやり歌を知らないせいか、雨で思い浮かぶのはたしかに、『雨の慕情』とか、なつかしい曲ばかり◆天気予報の精度は上がり、いつでもコンビニでビニール傘が買える。よその軒下で下手に雨やどりしたら不審者に間違われる。そこから出会いが生まれたり、不意の雨に電話ボックスの中で別れの涙に暮れたり…。そんな光景はもはや昭和のメルヘンかもしれない◆北部九州も梅雨入りし、前線はかけ足で列島を北上している。ほどよく大地を潤し、去ってくれればいいのだが、近年は雨量が増加、かつては6月下旬だったピークも7月上旬にずれ込んでいる。♪雨々ふれふれ もっとふれ…と、のんきに歌えば不謹慎と責められる◆気持ちの空模様もすっきりしない。頭痛にけん怠感、節々の痛みなど「気象病」を訴える人が増えているという。雨にドラマを感じたり、自分のこころを重ねたりして物思う気分には、なれそうにない◆窓の外は雨。八木重吉の詩が胸をよぎる。〈雨のおとがきこえる/雨がふってゐたのだ/あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう/雨があがるようにしづかに死んでゆこう〉。雨を恵みとしていつくしむ。そんなつきあい方を今年こそ、と願う。(桑)

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