もしもし、私、誰だかわかる? 作詞家松本隆さんに電話をかけたのは薬師丸ひろ子さん。「日本中が知ってるよ」と、松本さんはいたずら心で歌詞に使った。昭和60(1985)年のヒット曲「あなたを・もっと・知りたくて」は、そのせりふが印象的◆今どき電話口で「誰だかわかる?」なんて聞く人はいない。スマホにちゃんと名前が表示される。誰だか分からないのは固定電話にかかってくる、詐欺かセールスぐらい。相手を当てる楽しみもない◆そのせいか、近ごろはシニア世帯で「固定電話じまい」が進んでいる。65歳以上が世帯主の家庭で2009年、99・2%に上った保有率は一昨年82%に。若い世代に比べれば健闘しているものの、家庭から「電話機のある風景」は消えつつある◆仕事の世界ではまだ健在だろう。そう思って電話しても、長々と自動音声が流れ、すぐにつないでもらえない。新入社員が一番いやがる業務がこの電話応対とか。よからぬ人の多いご時世とはいえ、知らない相手との会話がこうも煙たがられているとは◆もしもし、私…と薬師丸さんがささやく歌は、民営化で誕生したばかりのNTTのCМで流れた。以来40年、ずっと正式社名だった「日本電信電話」は7月から「NTT」に変わるという。看板から電話の文字が消え、ひとつの時代の終わりを実感する。(桑)

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