山の中を彩る壁画プロジェクトの様子

 「もっとかわいいを山にあふれさせたい!」

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 この山には、なにもない。そういわれるたびに違和感がある。東京から佐賀に移住をしてからというもの、飽きることがないぐらい面白いコトやモノ、そしてヒトと出会うのだ。誰かの「なにもない」は、誰かの「なにかある」かもしれないのに。

 「藤田さん(ゲストハウス山秀朗オーナー)! ぼくは山をもっとかわいくしたいんです」と言ったことが始まりで、面白そうだからアートで地域創生プロジェクト「NOISE LESS」を始めることにした。

 そのプロジェクトの一つは壁画アートプロジェクトだ。山に壁画を置いて、楽しんでもらうきっかけをつくるというものである。しかし描く壁がない! 「ないなら作ろう」と穴を掘り支柱を立て、ベニヤをはり、仮設のキャンバスを組み上げた。自分たちで舞台を用意するこの感覚が懐かしくもある。

 第1弾の壁画は、遠方から来たアーティストとのコラボレーション。晴天に見舞われたゴールデンウィークの初日。筆が走るたび、ふだん山では見られない鮮やかな色と大胆な形が、そこに現れていく。

 「みなさんがここに訪れたときに、笑顔があふれるようにしたい」と描いてくれた壁画アートは農作業終わりに通りすがってくれた地元のおばちゃんも足を止め、少し驚いた表情から「なんか、いいね」と笑ってくれた。たったそれだけの一言で、この山に小さな“にぎわい”が生まれ、私たちの心に灯がともった。

 音無てらす(富士町)で出会った人たち、ふと交わした何気ない会話。ひとつずつのご縁が重なり、やがて「山を、かわいくにぎやかにしたいね」という小さな種が、確かな想いへと育ってく気がした。

 そして今年8月上旬には、子どもたちと、壁画をつくる。どんな色が生まれるのか、どんな声が響くのか。この町の“これから”を、子どもたちと一緒に描く。

 なくしてはいけない想いを未来につなげる「NOISE LESS」、静けさの中で、色が、声が、希望が、未来が、確かに動きはじめている。そして、いつか振り返ったとき、私たちはいうだろう。ここには、最初から、すべてがあったのだと。

 (音無てらすオーナー 山本卓)