南半球のオーストラリアに戦後、インドから多くの移民が渡った。彼らが故郷の古い民族歌謡を口ずさんでいると、「それ、知ってる」と先住民アボリジニの人びとが言った。遺伝子を調べると、4千年ほど前に交流のあった痕跡がうかがえる。遠く海を隔てた祖先の記憶が刻まれていたのである◆そんな不思議をもたらしたのは海流だろうか。日本は江戸時代、世界屈指の海運国家だったが、船はもっぱら沿岸部を行き来するだけ。それでも時折潮に流され、ロシアや北米あたりに漂着する船があった。ジョン万次郎の波乱の人生は知られている◆1841(天保12)年、14歳の万次郎を乗せた土佐の漁船は伊豆諸島の最南端・鳥島に漂着した。黒潮が大きく蛇行していたため、通常あり得ない流され方をしたらしい。万次郎は米国の捕鯨船に救助され、かの地へ渡る◆少年の運命を変えた黒潮の大蛇行は実は今も起きている。2017年8月から7年9カ月にも及ぶそうで、気象庁に記録が残る過去最長とか。それがようやく終息の兆しを見せている。豪雨や蒸し暑さの一因ともされているだけに、近年の「異常」が元に戻るといいのだが◆10年後に帰国した万次郎が日本に初めて持ち込んだのがネクタイ。温暖化でクールビズが定着し出番は少なくなった。この機に復権を、と願っていたりして。(桑)

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