世は何事もタイミングである。皇居で昭和天皇を前に口演したほどの落語家、三遊亭圓(えん)生(しょう)が亡くなったのは昭和54(1979)年9月。ちょうど東京・上野動物園の人気者ランランの死と重なった。〈大新聞が揃(そろ)って大きく「パンダ死す」。下に小さく「圓生も」とあった〉と放送作家の高田文夫さん◆昭和の名人には気の毒だが、日中国交正常化がもたらした熱狂をうかがわせる。こうした「パンダ外交」の始まりは日中戦争さなかの1941年というから皮肉である。「友好の証し」を贈られた米国はその年、日本と開戦する◆国際社会で野生動物保護の機運が高まり、「贈与」から「貸与」にかたちを変えながらも、パンダは中国が相手国の対中政策を評価するリトマス紙である。近年は経済交流を深める東南アジアや中東などに広がっている(家永真幸『中国パンダ外交史』)◆和歌山のアドベンチャーワールドから親子パンダ全4頭が6月に中国へ返還されるという。上野動物園の2頭も来年2月が返還期限。もう国内では見られなくなるかもしれない。米中対立が激化するタイミングの意味をつい深読みしたくなる◆鉱物資源のような外交カードではあるまいが、温厚で愛くるしい希少動物が背負っているものは重い。彼らは何を思うのか…。〈G・Wパンダはおしりをむけたまま〉黒田さつき。(桑)
下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

