佐賀に春の訪れを告げる恒例イベントとなった「さが桜マラソン」がフルマラソンとなり10度目の節目を迎えた。新型コロナ下の中止やオンライン開催など“休止期間”を経て、今年も全国から約1万人のランナーが集結。温かな日差しに照らされて、色とりどりのウエアが春の肥前路を彩った。
さが桜マラソンは1989年、佐賀市制100周年を記念してハーフマラソンの大会として始まった。2013年にコースを大幅に変更し、九州で唯一、常設の大会がなかった佐賀に待望のフルマラソン大会として生まれ変わった。全国屈指の高低差の少ないコースとして、「好記録を狙える」と全国のランナーの評判になった。
佐賀市でランニングクラブを主催する中村友一さん(38)は、ハーフマラソン時代から大会に出場。フルマラソン化されてからも欠かさず大会に出場してきた。「この大会でマラソンデビューした。毎年、日頃の練習の成果をぶつける特別な舞台」と思いを語る。この日は自己ベストを更新する2時間28分台で完走。「圧倒的ホーム感が魅力」と、これからも出場を続けるつもりだ。
佐賀陸上競技協会の末次康裕会長(82)は「フルマラソン化は佐賀陸協の悲願だった」と当時を振り返る。フルマラソン化の際には、佐賀市からどの方向にコースを設定するかで腐心し、最終的に全国的に有名な吉野ケ里遺跡で折り返すルートに決定した。「メジャーを手に何度も距離を測り、大変だった」と当時を懐かしむ。
参加者も増え、給水や沿道のごみ拾いなど運営には多くのボランティアの存在が欠かせなくなった。毎年、地域の仲間とそろいの桜色ジャンパーを着て給水所に加わる佐賀市赤松校区の西キヌ子さん(74)は「ランナーが『ありがとう』と言ってくれて、こっちも元気をもらう。だから続けられる」と大会の魅力を語る。コーンの設営など沿道整理に毎年参加する佐賀市川副町の野田アヤ子さん(77)も「元気にして、また来年もみんなで参加したい」。ランナーとボランティアの温かい交流が大会を支える。
末次会長は「末永く親しまれ、佐賀のみんなが誇れる大会としてこれからも続いてほしい」と話す。ランナーやボランティアなど大会に関わるすべての人が主役になり、これからも歴史を紡いでいく。(北川尊教、中島幸毅)
