橋幸夫さんと吉永小百合さんが歌った『いつでも夢を』は昭和37(1962)年のレコード大賞。この年の新人賞は北島三郎さんと倍賞千恵子さん。きら星のごとき顔ぶれである。特別賞は村田英雄さんの『王将』だった◆浪曲師から歌手に転じた村田さんは、なかなかヒットに恵まれなかった。当時はロカビリー全盛の時代。売れないはずである。「今どきだれも歌わないような曲を」と持ち上がった企画だった◆村田さんは作詞を頼もうと大御所、西條八十を訪ねる。あまりの古めかしさに気乗りしない西條をくどくため、村田さんは日参した。ようやく西條から見せられた紙には〈吹けば飛ぶよな 将棋の駒に〉とたった1行。「この1行がむずかしいんだ」。西條は語ったという◆その1行が高度成長期の日本を奮い立たせた。そのころ単独ヨットで太平洋を横断した堀江謙一さんも洋上で歌い自分を励ましたという。前年秋の発売だったため、レコード大賞こそならなかったが、150万枚以上の売り上げは偉業である◆故郷・唐津市相知町の村田英雄記念館がきょうで幕を下ろす。音楽祭に将棋大会にと地元の人たちは顕彰に力を注いできたが、吹けば飛ぶよな流行歌の宿命か、歳月とともに記憶は遠ざかる。誰もが口ずさめる歌が街に流れていた時代は終わった。そんなさみしい実感がある。(桑)
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