神埼市神埼町の西小津ケ里公民館の前に立つ「農地災害復旧改良完工記念碑」。佐賀県内で「28水」と語り継がれる1953(昭和28)年6月の大水害を受けて建立された。
「28水」は梅雨時期の6月25日の朝に雨が降り始め、正午には豪雨となり、28日までやまなかった。4日間の総雨量は、県内の多いところで900ミリ、少ないところでも400ミリを超えた。嘉瀬川や六角川など主要河川はほとんど氾濫し、家屋流失、堤防決壊、田畑の農作物被害などが相次いだ。
神埼市史や当時の佐賀新聞によると、25日夜から増水した城原川の水深は、翌26日に4メートル50センチを観測、午前9時半に神埼橋南方150メートルの堤防が決壊し、付近の住宅6戸を押し流した。
記念碑の近くに住んでいる牟田昭義さん(87)は、高校1年生の時に「28水」を経験した。「濁った水で一面、白く覆われていた」と、膝あたりまで冠水した当時の状況を説明する。自宅は床上浸水を免れたものの、「2週間前に麦を収穫したばかりだった。家族全員で部屋の畳を剝いで、そこに麦を広げて乾燥させた」と振り返る。
決壊した城原川の堤防箇所の越水などを防ぐために、レールを敷き、トロッコを走らせて土のうの役割となる叺(かます)を堤防まで運び込んだという。地区を挙げて災害の復旧を進めてきた。
現在、静かな住宅街にひっそりとたたずむ記念碑には「昭和三十二年十月建立」と刻まれている。復興まで4年を超える長い期間を要した被害の甚大さなど、地域の災害の歴史や教訓を今に伝えている。(樋口絢乃)
