朝ごはんは、茶わん1杯目からおかずを食べてはダメ。脚本家向田邦子さんが幼いころの家庭のルールを書いている。まず、みそ汁だけでごはん1杯。大好きな焼きのりや生卵、納豆にはしを伸ばせるのは2杯目から◆〈ごはん一膳では、いつまでたっても今の大きさだよ、子供は二膳目のごはんで大きくなる〉。親たちの妙な理屈を信じて、向田さんきょうだいは一生懸命食べた。ほかに昆布か梅干し、つくだ煮ぐらいしかない、戦前の食卓の光景である◆いまスーパーをのぞけば、手ごろだった銘柄米が5キロでなんと4000円前後。これでは子どもに2杯目を勧めるのをためらってしまいそう。半年前のコメ騒動のころ、「新米が出回れば価格は落ち着く」と聞かされていたのに◆「一粒百行(いちりゅうひゃくぎょう)」という言葉がある。百の作業を経て、ようやくひと粒の米ができる。並々ならぬ労苦が実った24年産米は、前年より収穫量が増えているのに、集荷量は前年より少ない。高値を見込んだマネーゲームでどこかへ消えてしまったらしい◆政府は備蓄米を放出するという。米価が下がれば消費者はありがたいが、生産コスト高騰にあえぐ農家はどうだろう。サラダの彩りも、バターの香りもなかった向田家の食卓は、それでも活気があった。そんなものを取り戻す、新たなルールが必要かもしれない。(桑)
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