「シャクガ(尺蛾)」と言われて成虫の姿が頭に浮かぶ読者は少ないかもしれないが、その幼虫である「シャクトリムシ(尺取虫)」は、多くの方がご存じであろう。
シャクガ科は、日本だけでも900種近くが生息している大きな科である。九つの亜科に分けられ、このうち、フユシャク亜科、エダシャク亜科、ナミシャク亜科の三つでは、成虫が冬に出現する「フユシャク」と呼ばれるものが知られている。
本種はナミシャク亜科であり、フユシャクの仲間の中でも比較的よく見られる種である。幼虫は新緑の時季に出現し、さまざまな広葉樹の葉を食べる。北海道では過去に何度も大発生してハンノキなどを激しく加害した記録がある。
フユシャクの仲間の特徴として、メス成虫の翅(はね)が退化し飛翔できないことがあげられる。写真のように、本種もオスは大きな翅を持っているが、メスは翅が著しく小さい。その代わり、おなかは大きく膨らんでおり、たくさんの卵を抱えていることがうかがえる。
この特徴は、三つの亜科でそれぞれ独自に進化したと考えられている。天敵が少ない冬を選んで羽化するようになり、天敵から逃げる必要がないため翅が退化した、など、いくつかの説があるが、その理由は未解明である。
多くの昆虫は、幼虫の頃は食べることに専念し、成虫になると移動と繁殖に特化する。フユシャクの場合、オス成虫は移動と繁殖の両方を行うが、メスは移動を最小限にし、その分、繁殖に多くの資源を費やしていることになる。
冬の羽化や翅の退化といった性質は、一見、不利益が多いように思われるが、ヒトの世界の経済でも、いわゆる「逆張り」で利益を上げる猛者がいるように、フユシャクたちも「逆転の発想」でこの世界を生き抜いてきたのであろう。(徳田誠佐賀大農学部教授)