作家の佐木隆三さんに、2009年2月に刊行された『法廷に吹く風』という著作がある。この年の5月に始まる「裁判員裁判制度」を前に、裁判員に選ばれた市民の心理を描写したシミュレーション小説だ◆無作為に選ばれた6人の裁判員は年齢、経歴もばらばらで、価値観も違う。悲惨な証拠資料への戸惑い、人を公平に裁く難しさ、迷い、責任の重さ、守秘義務…。小説で描かれた葛藤は15年を経た今も続いているだろう◆佐賀県で初めての裁判員裁判は15年前のきょう09年12月14日に始まった。被告は長男を殺害した父。懲役13年の求刑に対し、判決は懲役5年。情状面が考慮された◆「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県の資産家が殺害された事件の裁判員裁判でおととい、被告の元妻に無罪判決が下された。確実な証拠がなく、「疑わしきは被告人の利益に」を貫いた結果だろう◆佐木さんは別の著書で「紛争を公開の場で論じることによって、コトの理非を明らかにする。その判断を行うものを広く一般から選ぶところに陪審制の良さを感じる」と記す。法廷に吹いた「市民感覚」という風は裁判の成熟度を上げたのだろうか。裁判員裁判の取材に関わった15年前、司法への市民参加は意義が大きいと感じた。一方で、いざその立場になれば尻込みしそうな自分が今もいる。(義)

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