「ふくらすずめ」とは元来、冬に毛を立てて丸く膨らんだ鳥のスズメのことであるが、本種は成虫がそれに似ているということでこの名が付けられた。
ガの仲間には、「○○スズメ」という和名のものが多く知られており、これらは一般に、大型のスズメガ科の昆虫である。それに対して、フクラスズメはヤガ科の昆虫であり、紛らわしい和名でもある。
本種は日本全国に生息しており、成虫で越冬する。春や秋に見られる幼虫は、イラクサやカラムシといったイラクサ科植物を食草としており、黄色地に黒や赤の派手な模様で毛も生えている。いかにも毒々しい配色であるが、実際には幼虫は毒を持っていない。ただし、ヒトが触ろうとすると、上半身を左右に激しく振る行動を繰り返す。一般に、「威嚇行動」と呼ばれ、おそらく捕食者などの天敵を追い払うためのものであろう。
成虫は、翅(はね)を閉じて止まった状態では写真のようにやや地味な印象であるが、開くと後ろ翅に鮮やかな水色の帯が見られる。この模様の意義はよくわからないが、まるで隠れたオシャレをしているような、粋な配色にも感じられる。
本種は日本国内では雑草を食べる昆虫、という認識で、特に害虫とは見なされていない。ところが、2018年に本種の侵入が確認された米国ハワイ州では、ママキと呼ばれるハワイ固有のイラクサ科植物が薬用あるいはお茶として利用されていることから、その害虫として問題視されている。
防除を検討する際には、その昆虫の原産地での情報が非常に重要であり、ハワイでも日本での過去の本種に関する研究が参考にされている。基礎生態学的な研究が、思わぬところで役に立つ、という典型的な例とも言えよう。(佐賀大農学部教授)