これからのスポーツのあり方について話す山口知事(左)と益子さん=佐賀市のSAGAアリーナ3階プレミアムスイートルーム「佐賀」

SAGA2024のレガシー 今後の佐賀に引き継ぐ

 “体育”から“スポーツ”へ。「国体」から「国スポ」に変わった今年、スポーツが持つ根源的な力を多くの方に伝えるべく、「SAGA2024国スポ・全障スポ」では、数多くの新しい取組にチャレンジしてきました。10月28日の全障スポの閉会式をもってSAGA2024は閉幕しましたが、「新しい大会へ。すべての人に、スポーツのチカラを。」を掲げたSAGA2024の精神を今後どうつないでいくのか。これまでのスポーツの環境をがらりと変える「監督が怒ってはいけない大会」を主宰する元バレーボール女子日本代表の益子直美さんと山口祥義佐賀県知事が、これからのスポーツ文化のあり方について語り合いました。

山口祥義氏(佐賀県知事)

山口氏「新しいスポーツのモデル形に」

益子氏「大人も楽しむスタイルが新鮮」

SAGA2024を終えて

-SAGA2024は、「国スポ始まりの地」ということでさまざまな挑戦がありました。

山口 

 SAGA2024は大変好評で、とても嬉しく思っています。1976(昭和51)年に佐賀県で開催された若楠国体は、おもてなしの心のある大会でした。それが県民のとても良い思い出になっていたので、佐賀の良さを生かしながら、今回は新しい大会に向け「する」「観る」「支える」の観点から、みんなでつくり上げる大会にしようと思いました。

  新しい大会なので、これまでやったことのなかった取組もたくさんありました。例えば、開会式の入場では各都道府県の選手が整列して行進ではなく、好きなように入場してもらいました。また、アルコールを提供したナイトゲームの実施、全ての競技の試合を中継して全国に配信し、アスリートが解説する、などです。これからの日本のスポーツ界にとっても財産になるのではと思いますし、SAGA2024は新しいスポーツの形のモデルケースとして、この国に一石を投じたのではないかと思います。

益子 

 私も国体は何度も出たことがありますが、開会式の行進は、「足そろえなきゃ」など、とても気を使いました。もちろん地元の人の家に民泊したり、思い出もありますが、スポーツ自体を楽しむ時代ではなかったですね。だから、「体育」から「スポーツ」へ、ここまで大きく変化したSAGA2024の大会運営にはとても驚きました。開会式も閉会式も中継で見ましたが、とにかく選手も観客も楽しそうでうらやましかったです。一石どころか五石くらい投じたのではないでしょうか。

 私は、小学生のスポーツ環境を変えたいと思って「監督が怒ってはいけない大会」を全国で開いています。ルールは、子どもたちがプレーでミスしても監督は怒ってはいけないというもの。小学生が心から楽しんでプレーできるようにと始め、今年で10年目になります。私自身もそうでしたが、監督世代に染みついた「体育」のイメージを払拭することは難しいです。そういう意味で、SAGA2024の「大人も楽しんでいいんだよ」という姿勢は画期的で日本国内に大きな影響を与えると感じました。

SAGAスポーツピラミッド構想

―佐賀県ではSSP(SAGAスポーツピラミッド)構想(※詳しくはこちらの記事を参照)で、トップアスリートの育成だけでなく、引退後のステージ、キャリアをイメージできるアスリート支援を積極的に行っています。

山口 

 SSP構想は、スポーツをみんなで盛り上げてみんなで支えてお金を稼いで、それをアスリートたちに還元してみんながハッピーになるという計画です。知事になる前から日本全体で進めたいと考えていましたが、知事になったのを機に「佐賀から取り組もう」と、2018年ごろから本格的に実践していきました。プロチームを応援したり、 スポーツのいろんな現場の支援をしたり、徐々にSSP構想の三角形(※図参照)を形づくろうと進めてきました。ちょうどSAGA2024の準備が始まるタイミングでもあったので、ここを飛躍点にして加速度的に進めていこうと思いました。

  欧米では、スポーツが地域や日常生活にとけこんでいて、観客は試合前から会場で飲食し、試合を楽しみます。また、試合を観戦しながら商談をするビジネスの場としても機能しています。スポーツビジネスでお金が循環すれば、アスリートも十分食べていける。しかし、日本はどうしても「体育」の印象が根強く、スポーツとビジネスには距離感があります。スポーツでお金を稼ぐという発想がないので、アスリートは(かすみ)を食べるような生活を余儀なくされています。世界の成功例はいくつもあるので、ぜひこのスポーツで「稼ぐ」、そしてみんながハッピーになる文化をつくりたいと思います。

益子 

 SSP構想に「稼ぐ」という言葉が入っているところがとても新鮮で、SAGA2024の開会式のあいさつにもはっきりその言葉が入っていたのには驚きました。なかなか今まで「スポーツで稼ごう」とは言えない中、風穴が開けられた印象でした。

山口氏「スポーツビジネス風土を醸成」

益子氏「アスリートに幅広い選択肢を」

山口 

 SSP構想の中には、アスリートが引退した後のサポートも盛り込まれています。企業への就職支援だったり、子どもたちへの指導などいろんな道筋をサポートすることで、選手も安心して競技生活が送れると思います。先ほど紹介したSAGA2024の動画配信の解説は、アスリートが自ら行いました。現役時代からいろんな経験を積むことで、引退した後のセカンドステージに役立ててもらえるのではないでしょうか。

プロフィル
元バレーボール女子日本代表 益子 直美(ますこ・なおみ)

1966年生まれ、東京都出身。中学からバレーボールを始め、中学全日本選抜などで活躍し、高校3年で全日本代表に選出。85年、イトーヨーカドー入社。86年、世界選手権、アジア大会に出場、89年にはワールドカップ代表として活躍した。引退後は2021年から「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」を主宰し、全国で展開している。23年、日本スポーツ少年団本部長就任。

益子 

 私は現役時代、バレーボールをやっていることがつらくて、いつも「早くやめたい」と思っていましたが、引退するのも怖かったんです。やめても私にはできることがないから。イトーヨーカドーの社員でしたが、事務ができるわけでなく、お店に立ったこともない。ずっとバレーしかしてこなかったので、それがなくなると本当に支えになるものが何もないんですよ。現役時代に「やめたらこんな仕事がしたい」という目標があって、バレーと同時並行で学んでいれば、「バレーがダメなら私にはこれがある」ということが心の支えになり、もう少しバレーも楽しめたんじゃないかなと思います。

山口 

 女性アスリート特有の健康課題の知識の啓発や、医療面から支援をしようと、女性アスリート専用外来も設けました。これまでは、女性の体のことを知らないコーチがとにかく「走れ走れ」と言うことで、女性アスリートの心身に影響することもありました。女性アスリートにも人生があります。将来への心身の影響を度外視し、選手時代のその時だけ勝てても人生は楽しくないですよね。将来にわたって人生そのものがハッピーになるような形でスポーツと付き合えたらいいと思います。

益子 

 女性の生理のことを男性の指導者が学ぶという傾向は、本当に最近の話ですよね。私自身、生理痛があっても休んだことはなかったですし。選手時代は、出産とか将来のことなんて考えられなかったですね。

「海外のアリーナみたいですね」と館内を見学して驚く益子さん
SSP構想を通じて佐賀県が目指す未来

-佐賀県は「スポーツで稼げる文化の醸成」「スポーツのチカラを活かしたひとづくり、地域づくり」を目指しています。

山口 

 世界標準の新たなスポーツ文化を定着させるために、スポーツを「する」「育てる」「観る」「支える」に加え、「稼ぐ」視点を大事にしたいと思っています。アスリートがスポーツでちゃんと食べていける社会づくりを目指し、スポーツを活かしたビジネスシーンをもっと広げていきたいです。スポーツビジネスと言えば、プロチームによる興行や放映権、スポーツ用品産業がまず考えられますが、それ以外でもスポーツを軸にさまざまな産業との融合で、新しい商品を生むことができます。例えば、車いすテニスの大谷桃子選手の声を元に県内の和菓子店が「エネルギー補給用あんこ」を開発し、製品化しています。このようなロールモデルをもっとたくさんつくるために、伴走支援や相談事業を展開していきます。

  益子さんはトップアスリートとして活躍されましたが、一方ではけがなどで競技を断念せざるを得なくて結果を残せなかったアスリートもたくさんいます。でも、そこでやめてしまうのはあまりにも残念。どんなアスリートも普段から子どもたちの指導をするなど交流する機会があれば、裾野も広がっていくと思います。例えば益子さんが、たまに子どもたちと交流してくれれば、みんな楽しいし、頑張ろうという気になる。みんなハッピーになる。そういった部分を官民一体となって応援するようなフィールドがあれば、じゃあ「佐賀で競技したい」と思う人が増えるかもしれません。実際、女子柔道や男子レスリングなど今、全国から選手が佐賀に集まってきているけれど、そういう環境を整えることで、「人に優しいスポーツ界」という考え方が佐賀から日本全体に広がっていけばいいなと思います。

益子 

 現役のころからそういう環境があると、選手も安心して競技に打ち込めますね。また、競技だけではなく、例えば取得できる資格などがあれば心の支えになり、競技にますます集中できると思います。そんな仕組みが当たり前になっていくといいですね。

山口 

 ほかにも、サガン鳥栖U―15の練習グラウンドにクリニックを併設することで、家賃収入をグラウンドの維持費などに充ててもらっています。また、SAGAアリーナの活用策も多彩です。アリーナ3階のプレミアムフロアでは、国スポとしては初めて富裕層向けの※スポーツホスピタリティプログラムを実施しました。今後もトライアンドエラーを重ねながらさまざまなことにチャレンジしていきたいですね。

 スポーツビジネスが当たり前となるような風土、醸成を育むとともに、世界と同様にそこで生まれた収益などがアスリートに還元されるような好循環を佐賀から生み出していきます。
 

スポーツホスピタリティ:スポーツ観戦と特別な空間での飲食や地域ごとのおもてなしを融合したサービス