私が国立病院の産婦人科で働いているときでした。子宮頸(けい)がんの患者さんで、がんが進行していたので手術はできず、高齢のため副作用を考えると抗がん剤の治療も難しく、放射線治療をしました。それでも残念ながら肺に転移して、短い経過で亡くなられました。ご家族の皆さまが見守られる中、穏やかな最期でした。
看取りをおえて20歳すぎくらいの男性のお孫さんが、「おばあちゃん、家に帰ろうね」と亡くなったおばあちゃんをお姫様だっこして車の後部座席に乗せられたのです。私は初めて見るその光景に驚きました。そのお孫さんは本当におばあちゃんのことが好きだったのだなあと感じました。それまでは、受け持ちの患者さんが亡くなられると、ナーススタッフと一緒にエンゼルケア(心電図モニターを外して点滴を抜いたり、清拭(せいしき)をしたり、お化粧など死後の処置)をして霊安室で葬儀屋さんが運んできたひつぎに納棺し、霊きゅう車で帰られるのをお見送りしたりしていました。
ひとが亡くなると、冷たい遺体になってしまって、触れるのも戸惑われる方が多いのですが、まるで生きているおばあちゃんを抱きかかえるように自然な行為に心が打たれました。そのことがずっと私の心の中に残っていました。
私の両親と義父は自宅で亡くなりましたが、主人の母は緩和ケア病棟で亡くなったので、主人のワンボックスカーの後部座席を倒して、お布団を敷いて、亡くなった義母を寝かせて自宅へ連れて帰りました。
ひとはいつの日か最期を迎えます。そのひとの人生、温かい家族とのつながり、生きてきた歳月の重み、遺してくれたものの大切さなどかみしめて、見送りたいと思います。心に残る忘れられない患者さんです。
(伊万里市 内山産婦人科副院長、県産婦人科医会理事 内山倫子)