
何かを呼び寄せる特殊体質 旅する“呼人”たちの物語
子育てがはじまってからこの方、「お母さんに私の気持ちはわからない」と、何度言われたことだろう。
炒め物の中に入っているキノコが苦手だと、必死にキノコをのけてこちらの皿によこしてくる娘に、何気なく「おいしいんだから食べてみたら」という。「お母さんには私の気持ちはわからない」とにらまれる。こんなしょうもないことで…とあきれるが、あくまでも私にとって「しょうもない」のであり、彼女にとって炒め物の中のキノコの存在は、全然しょうもなくないのかもしれない。
辛いこと、悲しいこと、困っていること、悩んでいること。理解しようと努め、寄り添い、解決策を模索することの、なんと難しいことか。たとえ身内や、どんなに近しい存在だろうとも、誰かの気持ちを完全に理解することはできない。だから私たちはなけなしの想像力を働かせて、相手の気持ちを推察し、正しく振る舞おうとする。こうやって文章にすれば当たり前だと思えるが、ふとした日常の瞬間、ヒトは容易にそんな当たり前のことを忘れてしまう。
価値観が目まぐるしくアップデートする中で、正しく振る舞おうとすることに、疲れを感じている人も多いのではないか。
『呼人は旅をする』に描かれていたのは、そんな「ふとした日常の瞬間」だった。
呼人とは、その名の通り「何かを呼び寄せてしまう特殊体質を持った人」。「何か」の対象物は動植物や自然現象など、その呼人ごとに異なる。対象物によっては周辺の生態系に著しく影響を与えるため、定住することは許されず、移動しながら生活することが義務付けられている。
雨の呼人である紫雨、植物…中でもたんぽぽの呼人であるつづみや、鹿の呼人の能力に目覚めてしまうツトム、呼人支援局で働く小林など、ファンタジックでユニークな呼人たちとその周辺の人々の暮らしを描きながら、彼らが訴えかけるテーマは、自分とは違う存在との「受容と共生」だ。特殊な体質なのだから、何かを諦めなければいけない。普通の人と、同じように暮らせないのは仕方ない。特別なのだから、少数なのだから…。これは、本の中だけの話だろうか? 小学校高学年以上を対象とした児童書でありながら、大人である私も頭を抱えたくなる箇所がいくつもあった。想像力が及んでいなかったこと、いつの間にか目をそらしていたこと。この本に込められたメッセージは、あまりにも強烈だ。
炒め物の中のキノコのように避けることができる問題もあれば、人生の中で避けては通れないような問題もある。難しくても、想像し続けること、諦めずに踏み出した先にある世界のまぶしさを、この本が教えてくれる。
今、全国の書店では、経済困窮や病気、被災などによって体験格差を抱える子どもたちに本を贈ることができるブックサンタという取り組みが行われている。2017年に始まり、今年は8年目だ。佐賀県内では15店舗の書店が協賛して受付の窓口を務めており、もちろん佐賀之書店も、そのうちの一つである。
ブックサンタは0歳から高校生の子どもたちまでが対象。例年、幼児向けの絵本は集まりやすいが、小学校高学年以上の児童対象の本が不足しがちな傾向にあるという。今回紹介した『呼人は旅をする』は、まさにブックサンタへの寄贈にもうってつけではないか。誰かを思いやり、共に暮らすことをテーマにしたこの本を、贈ってみてはいかがだろうか。

本間悠さん
2023年12月、佐賀駅構内にオープンした「佐賀之書店」の店長。自身が作った売り場や本のポップなどで注目を集め、SNSのフォロワー数は1万人以上。多メディアにおいても幅広く活躍中