選挙権年齢に近づく高校生に主権者としての自覚を身につけてもらおうと、佐賀新聞社は、伊万里高2年を対象とする出前授業を同校で開いた。多久島文樹・NIE推進担当デスクや伊万里・有田支局の青木宏文支局長が講話し、生徒5人が候補者役を担う模擬選挙を実施した。約150人が、政治と自分の暮らしは切り離せないことや、1票に意見を託して政治に届ける大切さを学んだ。内容を詳報する。(志垣直哉)

学校生活の改善テーマに 「学習意欲高める」案に支持
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模擬選挙は、学校生活の向上・改善をテーマに5人が動画で主張を展開した。動画を視聴した生徒は周りと意見交換をしながら投票先を選び、伊万里市選挙管理委員会から借り受けた投票箱に投かんした。
模擬選挙 候補者の主張
田代優斗さん

【主 張】
田代優斗候補は「学習意欲を高める」がスローガン。勉強に集中したい人と、部活動など他の活動にも力を入れたい人を別のクラスにすることや、他校との交流を深め刺激を得ることなど4項目を提案した。
【提案】
①クラスを「スタディー」と「アクティブ」に分ける
②部活動は一部を除き2年の総体まで
③他校と交流
④クラスの目的を明確化・共有
元島羚生奈さん

【主 張】
元島羚生奈候補は(1)勉強の習慣付け(2)勉強に不安を抱える生徒がいる(3)勉強したい生徒が集中できない-の3点を課題に挙げ、解決策として、放課後の自習時間や成績に応じたごほうびを導入する案を訴えた。
【提案】
①放課後に30分程度の自習時間
②休み時間は勉強以外の私語を控え、勉強の時間を大事にする
③成績に応じた褒賞でモチベーションを高める
前川百音さん

【主 張】
前川百音候補の提案は、午後の眠気対策などとして、昼休みに15分間の「午睡タイム」を新設する内容。「学校生活にメリハリが付く。静かな雰囲気になり、午後の授業に集中できる」などと意義を述べた。
【提案】
昼休みに午睡タイム(昼寝)タイムを新設する。15分間は原則午睡する。自習は可能。
これで学校生活にメリハリがつく。午後の授業に集中でき、学力が向上する。
大宅志穂さん

【主 張】
大宅志穂候補は、勉強したい人が集中できない現状を問題提起。(1)休み時間の教室は静かに(2)教え合う環境づくり(3)自主学習の時間を増やす―の3点により「生徒同士の関係も良好になる」などとした。
【提案】
①勉強している人の邪魔にならないよう、休み時間の教室は静かに
②教え合える環境づくり
③自主学習の時間を増やす
山田歩美さん

【主 張】
山田歩美候補の提案は、学校生活にけじめをつけることを目的として、2限目と3限目の間に20分の休み時間を導入する内容。月・木曜は読書、火・金曜は自習に充てるなどと、具体的な使い方にも触れた。
【提案】
集中力の持続や睡気解消、やる気の喚起が必要だ。けじめをつけるため、2限目と3限目の間に20分程度の長めの休み時間をつくる
月・木曜は読書、火・金曜は自習に使う。
投票後、選挙管理委員の生徒が開票し、有効票135票のうち48票(得票率35・55%)を得た田代優斗さんが「当選」した。支持した生徒からは「目的をクラス全体で共有し明確にする考えに説得力がある」「他の進学校との交流は県全体の学力向上につながる」といった理由がうかがえた。
■講話 青木宏文伊万里・有田支局長
政治に関心寄せ 未来を
2022年の日本の出生数は80万人を割り、23年は75万8631人だった。戦後の第1次ベビーブームは年間250万人、第2次は200万人超。当時の3分の1くらいになった。
少子化は働く世代を減らし、私たちの暮らしを支える足腰を弱める。結婚し子どもを育てようと思えない社会になっていないか考え、対処の仕組みをつくるのが政治の役割だ。

佐賀県や伊万里市は、若い人が進学や就職で外に出て行く。働く場や遊ぶ所がない、自分らしく生きられる環境ではない、と思われているのなら対策が必要だ。
知恵を出し合いたいが、多くの人は時間も余裕もないので、代表者を選んで任せる。それが選挙だ。必要な施策の考えが近い候補者に票を投じ、思いを政治に届ける貴重な機会になる。
2年前の伊万里市長選には4人が立候補し、現職の深浦弘信さんが2度目の当選を果たした。市には若者の流出、雇用の確保、学校統廃合などの課題があり、少子化や人口流出の抑制につながる教育や子育て支援に力を入れている。
昨年の県議選伊万里市選挙区(定数2)は無投票で、有権者が思いを一票に託す機会はなかった。同年の市議選は定数21に対して25人が立候補し、女性議員は過去最多の4人になった。投票率は市長選58・80%、市議選59・79%でいずれも過去最低。2021年の衆院選小選挙区は55・93%だった。
1月の台湾総統選は71・86%で、若い人の投票率も高いようだ。日本の20代は3人に1人しか投票していない。将来への不安や危機感、問題意識は私たちの若いころより大きいはずだが、若者の投票率は低い。
ポーランドの詩人、ビスワワ・シンボルスカの「世紀の子供たち」という詩の一節を紹介する。
「お前が発言すれば 反響がかえってくる/お前が沈黙すれば それはさらに雄弁な意味を持つことになる/いずれにしても政治的なこと」「非政治的な詩を書きつけたとしても/やはりそれは政治的なこと/空に月が光っていても/それは既に月だけの問題に止まりはしない/なすべきか なさざるべきか これが問題だ/どんな問いも 愛の答えも/すべて政治につながっている」
政治への沈黙や無関心も、政治的な意味をはらむ態度ということではないか。若い人が政治に関心を寄せ、未来を切り開いてくれることを期待している。

■講話 多久島文樹 NIE推進担当デスク
みんな主役 投票で意見を
ロシアのプーチン大統領が、大統領選で87%の得票率で当選した。11月には米大統領選もある。日本は米国と近い国なので、いろいろな影響を受ける。こうした大きなことも伊万里の身近なことも、選挙と関係がある。
伊万里高校の玄関に「みんなが主役」と掲げられている。主権という言葉はまさに、みんなが主役として持っている物事を決める権利を意味する。自分たちの地域や県、日本の政治や経済について考え、提案できる権利だ。
選挙は「こうなったらいいな」という願いを持ち、実行してくれる人を選ぶことで、自分たちの考え・思いを表現する場だ。投票したら終わりではなく、当選した人が任期中に願いを実行してくれるかどうか確かめることも、主権者の大事な役割だ。
2023年4月時点で、伊万里市の18、19歳は931人。同年3月時点の選挙人名簿登録者数は4万3630人なので、有権者のうち10代は2・13%ほど。「たった2%」「少なすぎて投票しても意味がない」と思うかもしれないが、それだけ貴重ということでもある。投票しないとその意見は誰も言わなかったことになる。数は少なくても自分の意見を言いに行くべきだ。
佐賀新聞は選挙のたびに、若い有権者の考えを取材する。「働きたいと思える環境に」「若者が輝けるまちづくりを」など、若い人もさまざまな願いを表明する。願いを実現してくれる候補者を知るために、新聞などの報道を参考にしてほしい。
投票率は低下傾向の一方、期日前投票に行く人は増えている。商業施設や大学、高校などに投票所ができたり、投票箱を載せたバスが山間部を巡ったりと、投票の方法も増えている。
日本財団による22年の調査で「政治や選挙、社会問題について家族や友人と議論することがある」という17~19歳は34・2%。米国(62・1%)や中国(76・6%)に比べて少ない。ボランティアなどの社会活動に積極的に取り組むことも大事だ。活動を通して「これが大事なんだ」「こんな苦しみがあるんだ」ということが突然、見つかることがある。

■感想 ワークシートから
・私たちのような若者世代が選挙に行くことがどのくらい大切か、よく分かった。
・投票率を上げるためにいろいろと工夫されていることを初めて知った。若者が佐賀県に残るように、佐賀の魅力を見つけ、つくっていく必要があると思った。
・模擬選挙をしてみて、1人を選ぶのは難しいと感じた。実際の選挙でも候補者全員の考えを理解して、一番いいと思った人に投票しようと思った。
・選挙への関心が減り、立候補者が減ると無投票になってしまい、選挙をする意味が薄れてしまって、もったいないと思う。投票する人が減ると意見の多様性が狭まると分かった。
・自分の1票が未来の伊万里、日本、世界を変えられるかもしれないと思うと、より選挙に行ってみたいと思った。選挙に参加しようとすればおのずと政治について勉強できると思った。
・選挙のたびに家族と一緒に行っていたが、正直、興味はなかった。今後は投票する側として、将来に期待できる人たちに投票したいと思った。
・「選挙は大人がするもの、自分の1票じゃ何も変わらない」と以前は思っていたけれど、選挙は身近なものだと知ることができた。選挙権を持ったら必ず行こうと思った。
・公共の授業で学習したことと関連づけて話を聴いた。家族はどんな観点で候補者を選んでいるのかなどを教えてもらい、自分が選挙に行く時のためにもっと学んでおこうと思った。
・さまざまな政党の違った意見を比べ、共感できるものを探すのが以前から好き。本当に応援したい政党や候補者に投票できるようにしっかり情報を集めようと思う。
・選挙権を得る前に、選挙について調べてみようと思った。他の高校では期日前投票所が設けられていたと知り、伊万里高校にも設置されてほしい。