「弊社の勝負作です」。『スピノザの診察室』の記事掲載について出版社とやりとりをしていた際、担当者からこう返信が来た。それから少し時がたち、2024年本屋大賞のノミネート作品が発表される。この作品も入っているではないか。お見事である。
舞台は京都の町の小さな地域病院。”マチ先生”と慕われている主人公・雄町哲郎はそこで働いている内科医だ。かつて大学病院で難手術を成功させたすご腕だったが、最愛の妹を亡くし、おいの龍之介と暮らすために退職して今に至る。
勤め先である原田病院は小規模な病院で、高齢者の患者が多い。診察や手術だけでなく、みとりもしなければならない。つまり“死”と向き合う現場だ。誰しも迎える最期を、どう迎えるのが幸せなのだろう。そもそも幸せとは何か。その現実を穏やかな筆致から静かに考えさせられる。
著者・夏川草介さんはベストセラーの『神様のカルテ』を生み出した小説家だが、長野県で地域医療に従事している現役医師という顔も持つ。作中では医師と患者、医師同士のやりとりや手術シーンがあるが、リアリティーを感じるのは著者が長年現場を見てきたからこそ書ける空気感なのだろう。
医療というテーマを切り口に、人とのつながりや幸せを問いかけて希望の光がともるような小説だ。
(水鈴社/1870円)
(コンテンツ部・池田知恵)