地元のラジオ局、エフエム佐賀で「レッツ!ビートルズ on Radio」という番組のパーソナリティーをはじめて4年。まさか、自分の番組でビートルズの新曲を紹介する日がやってくるとは夢にも思わなかった。
ビートルズの新曲「Now And Then」が2日23時に解禁された。この曲はジョン・レノンがバンド解散後、1979年ごろのハウスハズバンド(主夫)時代に作られた未完成の楽曲。ジョンの死後、ビートルズの歴史を振り返るドキュメンタリー「ビートルズ・アンソロジー」プロジェクトが1990年代から本格始動。その企画の目玉は、残された3人のメンバー(スリートルズ)がジョンの未完成の楽曲を仕上げて、ビートルズの新曲として発表することだった。ジョンと共に多くの名曲を作ってきたポール・マッカートニーはオノ・ヨーコから「For Paul」と書かれた4曲入りのカセットテープを受け取った。
そこに入っていたのは「Free As A Bird」「Real Love」「Grow Old With Me」「Now And Then」という楽曲。「Grow Old With Me」はジョン死後にアルバムに収録されていたので、残りの3曲をビートルズとして完成させようとした。その中の「Free As A Bird」「Real Love」がビートルズの新曲として発表されたが、「Now And Then」は元々のテープの状態が悪いことやジョージが気に入らなかったということもあり、発表されなかった。
ポールは、盟友ジョンの置き手紙のような楽曲を諦めきれなかった。2000年代に入ってからも再び着手したともいわれたが、やはり完成までは至らなかった。
ことが動いたのが、2021年に発表されたドキュメンタリー作品「ザ・ビートルズ:ゲットバック」。映画監督であるピーター・ジャクソンが、自身の会社「WETA Digital(ウェタ・デジタル)」の持つデジタル技術を使って、ビートルズの映像と音をよみがえらせた。その技術は最新のAI技術によるもので、音の中に紛れているさまざまな声や楽器音を抽出し、ノイズを取り除くことが可能となった。例えば、一つのマイクで10人が同時に大声で話している会話を録音したとしよう。AIに10人それぞれの声を学習させ、その録音データから一人一人の声を抽出することが可能なのだ。
劣悪な状況のカセットテープからよみがえったジョンの声、生前に録音されていたジョージのギター、80代に突入したポールとリンゴの演奏が合わさり、ビートルズの最後の新曲は完成した。
私が感じた最初の感情は「ただただ悲しい」だ。ポールもリンゴもいつかいなくなり、脈々と続いていたビートルズの歴史に終わりがくることを宣告されたのだ。家族の余命宣告を聞いた感覚に近い。だから、私はこの新曲をまともに聴くことがいまだにできない。
第二次世界大戦後のグローバル化や録音、通信技術の発展の中で音楽界の象徴だったビートルズが、人工知能(AI)という新しい時代の始まりと共に終わりを告げたのは偶然だろうか。